「――もう、良いのですか?」

 軍服の男が、その人影に尋ねる。

「ああ。骨は折れたが、この程度だ。ここに来るまでの苦労を差し引けば……収穫はマイナスだろう」
「それはまた。残念でしたな」

 人影は男に向かって歩いている。足元からは、ぱり、ぱり、と薄いガラス片を踏み砕く音が聞こえる。時折強く踏み込んでいるのか、薄暗い廊下に大きな音が響いていた。
 やがて散らばった破片が無くなると、黒いサンダルが廊下の薄闇から飛び出した。サンダルは太い帯できっちり固定されており、履いているというよりかは絡みつかれ、その細い足を掴まれているようにも見えた。

「ただ、住心地はなかなか良い。空き家であればより良かったのだがな」
「つまり住むのでしょうか」
「いや。四方八方がコンクリートだ。内装を参考にする程度にしておく」
「承知しました」

 足に続き、薄暗い廊下にぼんやりと、白と水色のワンピースが浮かび上がる。水色は六枚の花弁を模して、白色の上に薄く広がっている。そのうちの一枚ずつは、服に入った肩と裾の切れ込みまでも伸びていた。人影は尚も歩く。

 倒れた人間の海を後にする。

「ではな。貴様らとは暫く会うこともあるまい。何を目標にしようが私は知らん。よくよく研究に励むことだ」

 人影は少女となり、廊下の切れ目から飛び降りた。

 はるか遠くの地上には、折れた鉄筋や、欠けたコンクリートの塊が大小様々に転がっている。大きな物では10mはあるだろう。そのうちの一つは、まだ地を踏みしめていた頃の栄華を忘れられぬとばかり、天へ向けて細く、鋭くそり立っていた。その場所の名を、着地点という。
 少女の白い髪がヴェールのように靡いている。

「クロロギ、リストアップは済んだか」
「周辺1kmまでです。一つありました。運に助けられましたよ」

 後に続いた軍服の男が、落ちながら板を指でなぞっている。

黒く濁った、三白の眼は、真っ直ぐに。
病院を見据えていた。

 ――真面目、終了。