長い永い夢を見ていたような、あるいは一瞬で過ぎ去ったような。
とにかく悪夢には違いなく、私は冷や汗とともに起き上がった。
……無理だった。目が覚めただけだ。起き上がれん。ざっと痛いところを数えてみても、右肩甲骨、左上腕骨、腰椎の下の方、全部、腹筋背筋アキレス腱、胃とか肝臓とか。五十は多分超えている。何だ、これ。
「あ、おは、おはよう!目が覚めたのね!!」
訂正。今ので痛くなった耳を入れて痛いところは五十二以上。なんだこいつ、なんで私の近くに――
そこまで考えて、やっと気づいた。
私はベッドに寝かされていたのだ。そしてこの位置からして、多分看病されていた。
つまるところ、私はあんなことがありながらも『助かった』らしい。今度あいつらに会ったらもっとまともに追放してくれと言っておこう。いくら密にしても着地は痛いに決まっているのだから。
「なにか飲みたいものとかある?カルピス?」
そんでもってお前は誰なんだよ。多分助けてくれたんだろうが、けが人にカルピスは喉に絡まって辛いわ。水くれ水。
「……ぁ」
「え?」
あ、口痺れてた。やべぇ、手が使えないから筆談も出来ない。詰んだ。どうにかこいつがテレパシーとか使えたらいいんだが。試しに水、と強く念じてみる。
「え?ミミズ?ごめんね、ここは月だから地上の生物はいないの。」
ファッキンシンパシー。一文字多い。これではまるで私が普段からマニアックなタンパク質を摂っているみたいではないか。違うからね。虫なんて調理法しか知らないから…………
ん?今なんて?
「え?だから、ここは月だよ。」
…………
………………
……………………は?
「あの方は色々と論理が飛ぶところがありますんで。そのへんはほっといてください。」
私の目の前でコップに水が注がれる。
あの後突然、「そうだ、ドレミーにも起きたって言ってこなきゃ!」と言って、名前も容姿も知らない(首すら動かせなかったので見てない)あの声は出ていった。代わりにこいつが水を持ってやってきたので、たぶんこいつがドレミーとやらだろう。何も言わず水を持ってくるあたり、こいつ、できる。さっきのより何倍も。
「私も何かと矯正に試行錯誤してるんですがね。どうにも効果が無いのです。」
「……」
ベッドに備え付けられた盆にコップが置かれる。
しかし、聞きたい話はなかなか出てこない。ここが月である、ということにすごい突っ込みたいんですが。
たしかに私は追放された。酒呑童子にぶん投げられるという雑極まりない方法で。だがどう投げても月に届くなんてのはおかしいだろう。