こういう人になりなさいと世の中に教えられる以前、
 
  あなたは自分が何者であったか覚えていますか?
 
 ――ダニエル・ラポート
 
 
 
 
 
 
 一口に季節と言っても、切り口によって見え方は全く違う。
 寒いのが嫌いなら『コタツの冬』だし、桜が綺麗なら『花見の春』、泳ぎたくなれば『海の夏』になるだろう。
 つまり彼女にとって、秋は『芸術の秋』にほかならないのだ。
 
 「んむむー……」
 朝の日差しを背にして、背の高い木が乱立し、はらはらと木の葉が舞い落ちる森の中。
 切り株の上に座っている彼女は、真っ新なキャンバスを目の前にして悩んでいた。
 「やっぱりねぇー、考えものよねえー」
 彼女の左手にあるパレットの上には、木の葉と同じ茜色が広がっている。その周りには、何度も試行錯誤したのだろう、他の色も大量に乗っていた。
 彼女の名はアドレーヌ。ポップスターの有名な絵師だ。赤いベレー帽と胸元に黄色のボタンが一つついた緑のスモック、茶色スカートという出で立ちで、普段は描きたくなる景色を求め宇宙中を渡り歩いている。
 そして今日はここの紅葉を描きたくなったものの、ある絵の具が切れてしまった、というのが事態のあらましだ。
 「あー、やっぱ混ぜては作れないかな。いや作ってみせるわ。このアドレーヌ、色の一色や二色程度で止まるわけが……無理かなあ」
 「お、アドレーヌさんじゃないッスか。どうしたんスか、浮かない顔して」
 一頭身の生き物が、ため息をつくアドレーヌに声をかける。
 ワドルディ。橙色の手に黄色の足、肌色の顔とつぶらな瞳というなんとも愛らしい姿の彼……彼女?コレは、アドレーヌと少しばかり面識のあるワドルディだった。特徴的な語尾で、アドレーヌはそれに気づく。
 「あら、ワドくんじゃない。それがね、ちょっと赤の絵の具がなくなっちゃって」
 「絵の具が?それは困ったッスね。この近くに絵の具がある店はないッスし」
 「ああ、それじゃいけないのよ。私が最初から持ってた赤絵の具が切れちゃったの」
 「……最初って、いつッスか?自分とアドさんが会ったの、相当前ッスよね?」
 「そうそう、あの時も持ってた赤絵の具。きれいな赤になるからガンガン使ってたらさ、なくなっちゃった」
 アドレーヌはそう言いながら、絞りに絞った後の赤絵の具を見せた。
 とてもあの長い間使い続けられるとは思えない、それどころかキャンバスの紅葉を描くだけで無くなりそうなほど小さい。ワドルディは不思議に思ったが、よく考えれば似たような存在がこのプププランドに居ることを思い出し、口には出さなかった。
 「なるほど、これが。この赤絵の具、そんな貴重なものなんスか?どうにもドロシアさんとかのと同じに見えるッスが」
 「いや、普通の……貴重よ。この近くどころか、もうどこにも売ってないんじゃないかしら」
 「えっ!?どうするんスか!?」
 「どうにもならないから考えてたのよ。ねえ、ワドくんなにか良いアイデアない?」
 アドレーヌはとても良い笑顔でワドルディに笑いかけた。
 もしかしたら、最初からこうして考えさせるために独り言を言って話しかけさせたのかもしれない。けれどプププランドの住人はみんなおおらかで気楽だ。そんな可能性なんて考えずに、ワドルディはアイデアを練り始めた。
 「え、えーと。代わりの赤絵の具を買ってきて我慢する」
 「アーティストとしてそれは無理。次」
 「うーん……混ぜて作る」
 「あー、それ一回頑張ってみたんだけどね。これかなり原色なのよねえ、残念ながら作れなかったの。いい線いってるけど、次」
 「げん……?あー、うー、ポップスターに無い、他の星にも無い……」
 ワドルディはぐるぐると考え続ける。そして五分ほど経ったあと、乾坤一擲の方法を思いついた。
 それを口に出そうとする瞬間――ほんの瞬間だが、ワドルディはためらった。
 それは危険信号だったかもしれない。
 それは防衛反応だったかもしれない。
 しかしプププランドの住人という例にもれず、ワドルディは楽観的に言った。
 
 「他の世界に取りに行く……とか?」