もう原因は察してる。銀色の河に落ちて、銀の髪になってここに来た。その上であのびっしりついてた魔術の痕跡。認識歪曲という高度な魔法。
だったら、その銀河は水銀の河だ。水銀そのものの魔法的価値もそこそこあるけど、河ともなれば別の問題が起きる。同じく水銀が主成分の赤い石、『賢者の石』が流れてる可能性があるのよね。
人為的に純度を上げた石には敵わないけど、天然のこの石だって十分魔法の触媒になる。それが魔界の石ともなれば尚更。さあ、そこに魔法が発動できる生命体が落ちたらどうなるでしょうか。意図しない魔法の暴走が起きたって何もおかしくないわ。
可能性としては非常に薄い。けれど、そうでなければ何も起こらない。こないだ読んだ小説でも似たようなこと言ってたしそうに違いないな。だから推理はここでおしまい。
出来事を単純化すると、インが認識歪曲を纏っていた、となる。だから私もディゾルブスペルが解けてからはインは普通だと思いこんでいた。遠見はそれ自体がボトルネックになり、私とコアの認識が中途半端に歪曲された結果止まったように見えた。コアの記録機械は認識しているわけではないので歪曲されず、私は真実を知ることができた。
インは私に認識歪曲の解除を頼んだ。私がたまたま事故ってディゾルブスペルを纏ったために、一時的に認識歪曲が無効化されたからだ。だが頼むところまではいったものの、認識歪曲によってディゾルブスペルは消費し切られ、二度目に会ったときには再び私は歪曲された。だから頼みを叶えることはできなかった。
あ、ここだ。ただ纏ってるだけの認識歪曲なら、私は「頼みは聞いたけど普通のインに撃つ理由がない」と考えただろう。しかし実際は頼みをまるごと全て忘れていた。それはつまり、誰かが認識歪曲を重点的に私に向けたか、新しく作った認識歪曲を撃ったか、父親から忘却魔法を盗んで私に撃ったか。
状況証拠でいうと、答えは1だ。コアが企めたり、咲夜がインを捕まえたりできたのは、私に向けた分だけ他への認識歪曲が薄まったからだと筋が通る……なんか、そうでなくても同じ事ができそうだな、二人とも。
ともかく。どれにせよ、インが自主的にやったとは考えにくい。自分が困っていることを頼んでおいて難易度上げるなんて主を試すようなことは、まあ、うん、考えにくい。他に黒幕がいると考えるのが自然だ。
だから、まずは認識歪曲を解いてから探そうと思ったんだよ。歪曲がかけ直されるならそれを辿れば黒幕に着くしさ。いい手だと思ったんだけどな。
で、私はその黒幕に急に重要視された。理由があるとしたら、一度とはいえ認識歪曲を無効化したこと。だから認識歪曲で私を止めようとした。
そう、ここが不思議だった。『一度その魔法を無効化した相手に、もう一度同じ魔法を使おうと考えるだろうか』? 使うとしたらよほど自信があるか、私のディゾルブスペルを深く知っているか、その魔法しか使えないかだ。
1ならその理由が気になるし、2なら話が合いそうだし、3にしてもこれほどの魔法が使えるなら他の魔法だってすぐに覚えられる。
この騒動に黒幕がいる可能性は察していた。そいつが
インの認識歪曲の状態を監視していて、私を最も警戒していた。
その容疑者にインが含まれるとしたら、頼みを聞かせておいて主を試した可能性くらいしかない。……ありえない話じゃないな。
まあ、それより誰か別の容疑者がいると考えた方がありえる。
……
……
… …
… …
︙︙
(︙︙)
\(︙︙)/
本当、魔界ってこんなのがよく落ちてるから本当に研究しがいが……ネガり忘れてた。ろくでもないわ。
まあ、そんなことはともかく。こうなると、新たな問題が生じる。
《《誰か賢者の石を使った?》》
自立魔力を使っていたのはインだった。まあ使われていたに近いけど、あれがインを主としていたのは間違いないだろう。
じゃあ、その自立魔力を作ったのは誰か? 賢者の石を使い、
「師匠! 師匠ー! 患者がなんか数字を唱えながら起きましたよーっ!」
「どれどれ……ただの円周率じゃない。ほっときなさい」
「えっ、そんな円周率唱えるぐらい当然みたいに!」
「ずっと寝てるより健康的よ。いいから、ご家族の方を呼んできなさい」
「逆効果だと思うんですが!?」
「15209209628292540917153643678925903600113305305488204665213841469519415116094330572703657595」
一応、後者は “純魔界産” の賢者の石だって考えれば辻褄は合う。「魔法の始祖である魔界神が作った魔界」で作られた、下手な人工賢者の石よりよっぽど高い変換効率を持ち、例を上げるならこぶし大程度でも軽く自立魔力を作れる。通称「災異石」。
魔法の始祖である魔界神が作った、下手な人工賢者の石よりよっぽど高い変換効率を持つ石。例を上げるならこぶし大程度でも軽く自立魔力を作れる。通称「災異石」。
勿論、この事は魔界の魔物も知っているから、災異石はとっくの昔に取り尽くされたし、割られまくったはずなんだけど。その栄華をわすれられない
もしこの仮説が合ってたら、それでも見落とされてた石に遭ったということよね。どんな不運よ。それで死ななかったってどんな幸運よ。
裏を返せば私の記憶全てを総動員した最適解が常に出せるという意味でもある。どのみち起きるまで暇だし、映画感覚でこれを見てるうちに
あれで七十数年、ともすればもっと使い続けた後であったという。おかしい。強すぎる。いや、見たことが無さ過ぎる、といったほうが正しいのだろうか。
さて――順番が前後したが。
それなら、歪曲は一体何なのだろう? これだけが明らかに異常じゃないか。自立魔力にセットされていたのは間違いないが、何で《《その程度》》が私のディゾルブスペルと撃ち合えるのかしら?
七十数年間、一切気づかなかったなんてありえ……
……
……ま、まあ下地があったとしてもだ。自立魔力クラスの魔力があってまるで気付かなかったなんて、魔女としてあり得ない、というかもう魔法に携わる生物として根本から間違ってる。それを実現させるほどの魔法なのに、これだけ《《出処が分からない》》のは異常だ。
自立魔力が持っていた? それなら、誰がそれをセットした?
インは自立魔力を出したことで魔力が空っ欠だ。仮に残っていたとして、浮遊魔法を出さない意味が分からない。
暴発したのは――自立魔力だろう。そもそも私がここまで追い込まれたのは、自立魔力の振るう歪曲魔法とディゾルブスペルで撃ち合ったからだ。つまり自立魔力にセットされていたのは歪曲。
さて、暴発したのは歪曲か、自立魔力か。
軽く纏めるが、歪曲は魔法であり、自立魔力は固まった魔力。自立魔力には魔法が一つだけセットできる。
今回セットされていたのは歪曲だ。あれだけ撃ち合って、幻視かけて、確信したこれが間違っているとは思えない。おまけに自立魔力自身がそれっぽいこと言ってたし。
なら、自立魔力を暴発させたと考えるのが筋だろう。歪曲を使うために固めた魔力が自立魔力へ、というのも考えたが、それはあり得ない。歪曲と自立魔力では、必要な魔力が数桁違う。いくらパニックでも、既に出せる魔力量を固めた状態で、悠長に更に固めるなどするはずがない。
歪曲出そうとして自立魔力が出るなら、日常で魔法など一切使えない。そして魔法一切無しで私の図書館を整理するなんてできるわけが……
……
…
……起きるのかな?
……比較対象になりそうな前回の気絶の記憶がないから確かなことが言えないな。珍しいわね、私が忘れてるなんて。いちいち忘れてたらあんな量の本どうしようもないわって思って、記憶の練習は小さいころからみっちりやってきたんだけど。まだ未熟ね。
ん。じゃあ、今考えてることって。
もしかして同じように忘れるのか。
……
…………
歪曲なら奇妙だ。この魔法には、明らかに「普通になりたい」って感じの意思が入っている。パニックにしては目的がはっきりしすぎてるし、何より発動できないだろう。歪曲はそれなりの大魔法だ。水銀の河に入ってる一個二個の石じゃ、魔力への変換効率が全然足りない。まさか三日三晩溺れてたり、石が数万個沈んでたりしたわけないだろうし。
ただ、発動についてはこれも説明可能だ。『私物』である。魔界とは魔界神の作った、いうなれば大きな部屋であるため、時々魔界神の私物がそのへんに置かれていることがある。
その私物が「掃除」に巻き込まれて河へ。齟齬は無いわね。そんな実例を何冊か保有している以上、納得行かざるを得ないし。魔界神側からも「無くしちゃったならしょうがないわ。また作ればいいもの」っていう神託が降りた記録があるし。
《u》仮説.インが出会ったのは魔界の天然賢者の石ではなく、神工賢者の石だった。《/u》
まあ、魔界も魔界神が作ったんだから、厳密には両方天然だけれど。
それに目的がはっきりしすぎているという疑問は解決できないな。それを頭の片隅に入れつつ、とりあえず次。
問題の自立魔力ね。 自立魔力にかかるコストは想像を絶する。魔界で名を残すようなレベルの魔法使いが一日丸々、不眠不休で魔力を纏め続けた際に起きるような失敗。
触媒が良かった、という話ではない。どれだけ優秀な触媒といえど、それ単体で何が起こせるわけではないのだ。触媒は魔力生産工場ではなく、変換促進装置。つまり、魔力自体は全てインの物なのである。インがどれほど隠れた秀才であっても、あれを作れるほどの魔力量を持つなら、私の耳に入らないわけがないじゃ……
……いや、入らない理由はあるな。歪曲だ。日頃張ってる防御魔法は一切合切貫通。ちょっと上級なディゾルブスペルを体全体に纏って、ようやく数分受け止め切ったあの魔法なら、噂にならなくとも不思議じゃない。というかそうか、何かすぐディゾルブスペル消えたなって思ったらそのせいか。そんな予想も立てさせないなんて本当にとんでもない威力だったのね。本当、勝てて良かったな。
《u》仮説.インは隠れた秀才だった。《/u》
――隠れた秀才であったイン。ある日彼女は河に落ち、神工石との邂逅を果たす。パニックの彼女。不完全な魔法。彼女の魔力は石を通して次々精製されるも、それが形を持つことはなく。やがて辺りに満ちた魔力は淀み、自立魔力を生み出す。と、なると。そうか、歪曲はこの自立魔力によるものか。恐らく彼女は生まれた自立魔力に対し、藁にもすがる思いで歪曲魔法を与え……
……?
いや、おかしい。普通ここは河から上がる浮遊魔法とかじゃないの? いくら現実を捻じ曲げたところで、河に沈んだ自分は変わりないぞ。自立魔力ができたということは、本人の魔力はもうカラッ欠のはず。唯一その自分を助けられる自立魔力に対し、歪曲なんて与えてしまえばいよいよ助かる見込みは消え去る。自立魔力は後から与えた魔法を変更する事はできないのだから。
……何か、大きく見落としているような。いや、
……仮説か? 私が気絶で済んだのは、自立魔力との撃ち合いに勝ったからだけど。勝った理由として、《《どこかで見たことのある動きだったから》》っていうのが大きい。
見た事があったから余裕があったし、不意打ちすらも完璧に防げた。もしもあの自立魔力が賢者の石から生まれた魔法であったなら、既視感に説明がついてしまう。私の扱う賢者の石より、何段階か上の、神の賢者の石……