絶対終わらない(確信)
ちょっと改行を増やしてみました。

RTAは確定的に一歩引きますからね。
冷静なんですよ。

空を飛ぶということは、空を飛ぶということです

発言者を除くならば、やるべきことはやらないと終わらない事を示してくれる名言だと思います。

「まずは軽く。見定めるぞ、貴様の強さ」

 というわけで、イベント戦闘。VS. 椛(無手)です。
 美鈴さんに勝るとも劣らない気力スキル、種族由来の爪と牙、補助とはいえ侮れない火力の妖力スキルでガンガン攻めてくる強キャラです。お前のような下っ端がいるか。
 なお一番強いのは身の丈に合った刀を持ったときだったりします。

 原作からは想像もつかない強化っぷりですが、これには訳があります。
 このゲーム、条件を満たすと原作でいう弱キャラもやたらと強くなるシステムがあるのです。
 有名どころでは札を外したルーミア、記憶を完全にしたエタニティラルバですね。マイナーどころでは力の使い方を知った清蘭、心を蝕む毒メディスン。

 椛さんの条件は見ての通り『威嚇を止める』です。誰だってそうでは?
 さしものZootheraもその通りだと思ったのか、アップデートで『部下が傷つけられる』『射命丸に使われる』『暇である』などの条件が追加されました。これら条件を満たせば満たすほど、強化の入る確率が上がっていきます。
 ちなみに、いくつかは満たしても確率が上がらない条件になる可能性を持ちます。性格が悪い。

 今回は大半の条件を踏み抜いているので、《u》予定通り《/u》性格関係無しに強くなります。フラグスタンド絨毯爆撃。

 もちろん、強キャラが条件を満たすともっと強くなります。やったな、平等だぞ。

「どうした! 動きが鈍い! 貴様というものはこの程度か!?」

 ところで、そろそろ良くない点を見せておかねばなりません。
 山岳と戦闘は後でたくさん入れてもらうためにちょっと失敗するというのは前に言いました。

 現在、個人技である山登りではかなりいい成績を収めてしまっています。いい成績を狙わないと全員手を抜いて遅くなるのでこれは想定内。ぶっ倒れるまで走ったのは想定外。

 これをカバーするため、団体技たる急流下りで失敗していく予定でした。こちらで失敗すれば個人技の成績など軽く吹っ飛ばせます。

「右腕だけでは防戦一方だぞ! 貴様はそれで満足か、侵入者!」 

 また、そろそろ霊力スキル『空紅』を覚えて空に出る必要もあります。やる事まみれだ。

 このタイミングで無理して覚える必要があるのかというと、それがあるんですよ。
 今更ですがこのゲーム、空を飛べるのが前提で敵の攻撃が作られています。基本攻撃は弾幕ですからね、そりゃそうよ。今のままでは敵の通常攻撃が不可能弾幕になりかねません。
 
 特に今日の夜は外に出る、というかこのチャートは毎夜敵エンカ地帯を駆け抜けるので、早めに取って鍛えておかないと最悪死亡からのリセットコンボになります。
 例え妖精相手でも侮れば死にます。それが幻想郷の掟。というかたまに集団でやってくるのが十割悪い。

 ところで、零日目夜でもやったように七里長靴と樹木か壁があれば躱せることは躱せます。これだけ見れば『空紅』は要らないように見えますね。
 が、不思議と樹木も壁もない平原でいつか戦う気がするので結局早めに鍛え始めます。それにあった方が躱しやすいですし、移動にだって使えますからね。通常プレイでは飛び立つまでがチュートリアルと言われるだけあります。

「ならば私から本気を出す! はぁっ!」

 陰陽玉を手首に当てて逸らします。
 分かってれば間に合うので心配なし。

 となると、誰もが考える効率アップは失敗しつつ『空紅』を取得することです。言葉にすれば簡単ですがこれが難しい。
 なにせ『空紅』にかかっている起点ロックは「上空100m以上で五秒間滞空すること」。
 それができないから覚えようとしてんだろ、と言いたくなるスキル堂々一位です。一体どこの天才向けなんだ。

「ち! またこいつか。ならば! 牙符っ!」

 牙符『咀嚼玩味』。陰陽玉を噛み砕きに来ました。

 博麗の巫女が使う養殖陰陽玉ならともかく、ナチュラルボーン天然陰陽玉は限界を超えると普通に壊れます。あの牙の鋭さで1t2t余裕で出されたら当然が過ぎる。

 もちろん破壊は許容できるロスではありません。くいっと。

「なっ! 貴様……糸使いか!?」

 普通の操作に加え、陰陽玉に噛ませていた糸を引っ張り、咄嗟に避けさせます。クリーンヒットしなきゃ陰陽玉は生きるので焦らずに。

「せっ! はぁっ! やっ! ふっ、見えてきた……!」

 段々と対応されるんですが、それ込みでギリギリを演出しましょう。次の攻撃に向けて油断させていきます。

「――これなら、問題無いだろう。……しっ!」

 一瞬のスキを突かれ、陰陽玉が蹴っ飛ばされてしまいました。私の方に向かってきます。
 そこで身体強化の強度を活かし、下から掬い上げて上に反らします。そこから糸を掴み、更にピンと張った糸に竹水筒を押し当てます。

 こうすることで、竹水筒を支点にして陰陽玉を回転させられます。利点は手を怪我させず、かつ勢いを活かしたままに、突進してきた椛さんに陰陽玉を叩きつけられること。

「……!」

 
 お手本のようなカウンターヒッ……あれ? 何で躱されてるんですか? 
 あの、甲板に思っきし陰陽玉叩きつけちゃったんですけど。卵の殻を割るような音声入ったんですけど。言い忘れましたが欠点。狙いを読まれると簡単に躱されます。
 あ、これ無理ですね。反応が無い。しばらく動かせません。陰陽玉、ここで二人目の脱落となります。
 いやでも、狙いは読まれないはずですよね。だって今の完全に死角だったじゃないですか。戦闘中、しかも攻撃で距離を詰めてる最中に上を向く馬鹿が何処にいるんです。実際上なんて向いてなかったのに何で見えて……

「これで、一つか。次!」

 右に行く素振りを見せ、ガードしたところを素早く右から回し蹴ることでほぼ背中を打つ技。
 気力スキル『転廻駆身』です。まともに食らえば呼吸が乱れ、否応なく動きを鈍らせる確保用スキル。
 一切左のフェイントを挟まない、頭脳プレイに見せかけた脳筋スキルともいいます。

 分かってれば問題なし。タイミングを合わせて伏せ避け、体全体のバネを効かせて軸足を狩りに行きます。

 ……!?

 なっ!? 死角への軌道曲げ……かっ、カウンターに、カウンター!? おまっ、そんなの試走じゃ一回も……っ! 露西亜ガー……

「遅い!」

 ……くぅ! 右腕まるごと……いいのを貰いました。念の為根性を使わず体力を温存していましたが、その対策が功を奏した形です。いやほんと、こういう事があるからリカバリーって大事ですよねー……。

「……なるほど、読めてきた。貴様……格闘の経験もあるのか。玉使い、糸使い、それに格闘経験。在野で遊ぶには勿体無い」

 ……何で?
 
 いや、心当たりはあるんですけども。椛さんは『千里先まで見通す程度の能力』者です。いわゆる千里眼ですね。
 普段は哨戒に使ってるので影が薄いですが、この能力は戦闘で使うと360°死角が無くなる凶悪スキルと化します。
 盲点も無ければ、遮蔽物も機能しません。効果範囲内全てに集中して見てるのと同じ画質を提供します。これなら上からも下からも攻め込めないのは説明がつきます。

 ただこれ、かなり身体への負荷がかかる行為です。
 慣れてなければ二分使用でも一日丸々寝込むくらいの負荷です。
 マジで内臓って裏返るんだなって感じの寝込みです。
 それをこんなに序盤で切ってくるとか、どう考えてもただの侵入者への警戒心じゃありません。

 加えて私は一般人です。軽く強さを見定められるような一般人ですよ。
 一体何を恐れるところがあるんですか。
 山への侵入に天狗への危害程度、黒白魔法使いだってやってますよ。
 あれは射命丸さんが仕事してるっていうのもありますけれど。
 

 ……本当は、何しに来たんですか? 

「? 聞いていなかったのか。私の精神を弄んだ貴様を懲らしめるためだ」

 誤解を与える表現は……事実だったわ。
 けどどうも嘘を言ってるようには見えません。
 というか椛さんって嘘はつけないタイプだったはずです。把握してる性格内では。

 まさか、まさかですが。
 ここに来て屑運ですか。
 懲らしめるのにも全力をかける獅子精神とか、平然と嘘をつける真面目系クズとか、そんな超レア性格引いてwikiを充実させちゃうあれですか。
 いいんですか。そんなことして。泣きますよ。

「新たな神が現れた今……我々は、貴様に負けている場合ではない。あの二人がなぜ負けたかは分かった。次は、私が勝つ番だ」

 ん?
 今
 なんて?

「……新たな神が現れ」

 は?

 
「えっ。何だ。変なことは言って……あぁ。新たな神が戻って来た。再び力を付けて帰ってきた。すまない、配慮が欠け」

 名前。

「何?」

 そいつ。名前。特徴。

「天弓千亦。虹色の服装に青空の外套、変な立ち姿で、決め台詞は『お前の命を|無《かみ》に返そう』。やはり、知り合いか」

 ……いいえ。

 《《知りません》》。

「……嘘だろう。顔が真っ青だぞ。おい、大丈夫か。船医に見せたほうが――」



「はぁ……はぁ……」
「よし! もう少しよ!」

 そう言いながら、船長が目一杯取舵を切る。
 その後ろでは、十字架に磔にされた雛が息を切らせている。

「やるな。見直したぞ、厄神」
「……知ってて……これ、やったの……?」
「そうだけ。どっ」

 着地と同時、また勢い良く飛び出し、枝を切り飛ばす。
 そんなこころの大立ち回りを、目を輝かせて見ている少女が居た。

「……すごい……! 身長くらいに太かったのに、一太刀で! こころ先輩! かっこいい!」
「褒めるな褒めるな。それより、次はどこだ?」
「曲がり角すぐ! 上です!」

 響子の良く通る声が、こころに的確に指示を届ける。そこへ寸分過たず、剣戟が閃く。
 ぱらぱらと舞い散る葉っぱが、雛の鼻腔に濃い夏の香りを届けた。

「へくしゅっ! ……あ、やばい。あの、一回解いて私の尊厳のため」

 ――その横を跳んでいく、影がある。

「わっ、ほ、豊夏!? 勝った……わけじゃないですよね?」
「元気じゃないか……侵入者! 貴様と神の関係は知らないが……このまま、帰すわけにはいかなくなった! 我々に同行願おう!」

 声を背中に受けながら。
 彼女は舳先に取り付き、ゆらりと立ち上がる。
 そして名残惜しげにこちらへ振り返る、その頬を伝って。

 つっ、と。
 大粒の涙が、溢れていく。

「……えっ?」

 その意味は、誰一人理解できない。
 感情というものについて人一倍知っている、秦こころですら。

 むしろ、こころには決して理解できなかった。
 突然現れた、その感情の意味など。
 

「どうした――」

 誰かがふと、零した。
 その問いに答えるように、彼女が舞う。

 正確には、舳先から船首に向けアンダースローで竹水筒をぶん投げた。
 船体にぶつかった竹水筒が割れ、中身を辺りに撒き散らす。
 何も知らなければ、それは単なる不法投棄にすら見えた。

「――!!」

 ただ、竹水筒を追って見ていた彼女は――犬走椛は、その違いを理解した。
 裂ける竹。漏れ出る水。彼女は、それに加えて「それ」を見ていた。

 記憶がちらつく。魔法使いを相手にした時、何度も受けた感覚。
 それら全てのどの過去よりも、遥かに濃く粘ついた気配。
 瞬時に判断する。「それ」が何を引き起こすか。
 自分が何をするべきか。
 緊張が肌を灼く。
 口を開く。
 

「伏、せろぉぉぉぉおおおおお!!!」

 ――その日の文々。新聞の一面は。
 久々に、空を飛ぶ船が飾ったという。



 ……20m……50m……90m。よし、100m到達。
 あとは落体の法則上、五秒の滞空時間は必ず稼げます。
 
 というわけで実行いたしました、失敗しながら空に出る方法。
 『船を水魔法でぶっ飛ばす』でございます。
 

「あーーっ!! 滑る! 落ちるぅ!」
「きっ、響子ぉ! これに掴まって!」
「ど、どこ掴めばいいですかぁ! 鋭い! あーー!!」

 この方法はタイミングが重要になります。早くても遅くても着水できず、平原で座礁して個人成績どころか今後の修行構成に支障が出ます。具体的には精神メインになって戦闘できなくなる。
 まあそうですよね、誰にも話してない、仲間を危険に晒してる、調査の名目は吹き飛んでいる。これは誰だって精神を鍛え直したくなります。

 それでも着水すれば、一応上手く行ったとして厳重注意だけで済みます。しかし平原ゴリゴリ座礁ルートはそれもありません。さらなるタイムロスを引き起こす確定的悪手でございます。

 え、なんで座礁について詳しく話しているか?
 今からそうなるからです。

「休憩は済んだわね? 雲山! そこよ!」
「あーー……あれ? 止まって……っ! 一輪さん! 雲山さん!」

 他にも、着水だと水魔法の熟練度が一瞬で応用までいきます。また大蝦蟇の池で取れるとある魔法の起点ロック解除もできます。
 一方、座礁すると保全作業やらなんやらで山から蹴り出されます。加えて次に山に入ったときにガチで命を狙う奴が出てきます。
 確かに、遅かれ早かれそういうのは出ます。でも時期というものがありましてね。まともに空を飛べない時に来られては、こちらも不可能弾幕で磨り潰される危険が増えるというものです。それをわかっていてやるのは普通大ガバと称されます。

「な……何? 危うく、置いていかれるところでした……おい、修理人。無事か?」
「ああ、ありがとう。……もう離していいぞ」
「そうか? はい」

 ……しかし……しかしですよ!! そんなこと、山から一刻も早く出られるなら些細な違いッ!! こんな、何も分からない、得体の知れないモノが居る場所になんていられるか! 
 だからこそ飛んだ! チャートよりも手前、練習の最中で見つけた、《《確定的に座礁する》》ポイントでッ!

 幸い、この座礁は本来「竹水筒が魔力を入れ切れないほど小さい」などの《u》リカバリーにも使うルート《/u》!
 《《船がぶっ壊れるせいで修行自体は着水よりも早く終わる》》ため、山を出るという点で見るなら《u》魅力的な提案《/u》!
 着地点が平原であるため、本来の着水ルートよりも飛距離を稼がずに済む《u》省エネ設計《/u》!
 故に余る魔力をふんだんに使用して! この先のチャートはちゃーんと組んでありますともッ!
 だからいける!! 私は帰る! こんな修行、とっとと終わらせて! いつものRTAに帰るんだ!!

「何が起きたかはわからないが……起きてることはわかる。ベクトルで表せば水平方向へ500、鉛直方向に300。この船は、空を飛んでいる」
「なるほど。もう少し有益な情報をくれ」
「地図で言うとこの辺に落下する」
「お前、頭いいな」

 ……まあそんなこと言っても、どうせ三日目も山に来るんですけどね。三日目は聖さん主催の特別山岳修行です。おかしいなあ、山には行かないって決めたのになあ……。
 ここでようやく、山無しチャートにした筈なのにいつも通り山にべったりになっていることに気が付きました。慣れって怖い。画面外では気づいてしまった私が、

 リセットボタンに、

 手を添え、

「そしてここには――

 ――煙草畑がある」

 逡巡しました。

 何故なら、滅多に拾えない『穢那の火』を拾っていることを思い出したからです。
 リセットするのは、この火がどれくらいタイム短縮効果を持っているか確かめてからでも遅くない。
 そう考えると、力は抜けていきました。

「く……ぅっ! 逃すか、侵入者ッ!」

 
 視界の端では、咄嗟にマストにしがみついた椛さんが見えます。
 ちなみに、現在マストには十字架があり、十字架には雛さんがいます。
 つまり必然的に抱き合うことになります。

「待って! ……ぉ、お腹は今駄目……もうちょっと、別のところを……」
「ん!? と、ここか!」
「んっ……」

 そうと決まれば次の仕事を始めましょう。水魔法で滑り降りつつ、雛さんを磔にしてるロープに狙いを定めて。

「え?」
「え、」

 懐からの居合変哲ナイフ。
 これでロープを切ってやれば、雛さんに掴まってる椛さんもセットで落ちて行きます。
 
 先程までのスピードの比じゃなく動いているのは、余った魔力を全部身体強化に打ち込んだからですね。目にも止まらない速さで手足四箇所のロープを切ります。
 肉体がついてってないので代償として体力が減りますが、いつものことだな。

「――っ! 雛!」
「だ、大丈夫! 大丈夫だから付いてこないで! やっ、やることが、あるんでしょ!?」

 雛さんも飛べるので問題ありません。
 その事を思い出した椛さんが、再び船に戻らんと向き直り、全力で飛んできます。

 しかし焦りが見えます。一直線でとても狙いやすい。

「!? ……かっ……壁……!?」

 法壁(小)。
 たとえ見えていても、回避不能なスピードで投げれば問題ありません。
 肉体がついてってないので今度こそ右腕が逝きました。後で吊っておきましょう。

「……しん……にゅう……しゃぁ……!!」
 

 しこたま顔を打ち付けた椛さんが落ちていくのを確認。怒り心頭に発する凄まじい形相ですが、流石にここからもう一度来ることはありません。それではごきげんよう……

 ……ん? 何か、違和感が……あれ? 眼下に流れる川、あのヘアピンカーブ、あそこ《《いつもの着水ポイント》》じゃね?
 ……ああ。そういやいつもより河が増水してましたね。それで手前で飛ばしたはずなのに、勢いで本来の座礁ポイントどころか着水ポイントをも越えてしまったと。なるほど。

「一輪。村紗。響子。百瀬。――頼みたい事がある」

 まあ問題ありません。ポイントを越えた以上、座礁という運命に変わりはないのです。むしろ確定的に座礁するので一周回って気が楽になりました。

 つまりこの先がどんなハードモードになるのかという想像に対し、その全てが無駄にならないという保証が付いたのです。運命の分岐に先立っては両方のチャートを引っ張り回している私はもう居ません。片方のチャートを出して内容を反芻するだけ。それだけで許されるのです。作業量は実に二分の一ですよ。その分を集中に回せば上手く行く確率は二倍になるということです。あれ? 二倍になるように頑張ったら作業量も二倍になってつまり一分の一では? いえ、それでもいいですね。

「……頼んだぞ、みんな」

 一倍頑張れば二倍の成果が出るというユートピアな――

 ん、

 で。

 ――!?



 木の隙間を抜ける風に、狐色の耳が揺れる。

 
「ほう……」
「どうした、典。気分が良さそうだな」

 その耳には、敬愛する主人の声も届いていた。
 典と呼ばれた狐の獣人が、襟首にかかる紐を弄りながら前へ向き直る。
 
 黒いブーツに、青いワンピース。その上から黒いマントを羽織り、頭には青の頭巾が乗っている。
 妖怪の山の大天狗。飯綱丸龍が、そこにいた。 
  
 
「いえいえ。ここは良いところだと思ったのですよ。さぞや普段は散歩に丁度良いのでしょうと」

 
 しゃわしゃわと揺れていた煙草が沈黙する。煙草畑を抜け、二人はその向こうへ進んでいく。

 やがて見えてきたのは、増水した川の奔流。
 それはあたかも透明な壁にぶつかったように、不自然に横へ流れていた。

「ああ、そうだな。そう言ってもらえるなら、こうして守らせた甲斐がある」

 龍が透明な壁に触れる。しかし壁のようには止められず、手が濁流へと呑まれる。何かを確かめるように暫く手を止め、それから引き抜く。
 
 ごの透明な壁は、いわゆる結界と呼ばれるものだ。山女郎の頼みで龍がとある山姥に張らせたものである。
 明日は大雨だ。このままでは煙草が洗い流されてしまう。何とかならないか。そういえば虹龍洞の警備の報酬がまだ余ってた気がするな。そんな不器用な脅しを聞き入れ、龍は一昨日の昼のうちに結界使いを探し出し、煙草畑を結界で覆わせていた。

「問題はないようだな」

 ちなみに、山姥は縄張りから殆ど出ず、天狗社会とも不可侵契約を結ぶほどの閉鎖的妖怪である。
 それゆえ煙草畑まで来いと言われた時の山姥は、それはもうとてつもなく不機嫌だった。

 『山女郎でも何でも、うちはうちだ。心配して来たっていう上っ面はやめろ』
 妙に策謀を巡らせた結果そう諭され、結局弾幕勝負で打ち負かしてようやく動いたのである。

 ぶっちゃけ、初めから要件を言えば避けられた戦闘であった。
 さもありなん。

「防火と利水の為の川が、こんな事になってしまうとは。見抜けませんでしたねえ」
「仕方ないさ、昨日の雨は規格外だった。龍神は幻想郷を洗い流すつもりかと思ったほどだ」
「神にも何か、苛つくことでもあったのですかね」
「さてな」

 少し移動しては、また濁流へ手を差し込む。
 それを何度か繰り返すと、結界に光が滲み始める。
 その光は差し込んだ場所の向こう側、水の中で瞬いている。

 やがてその一つ一つが光の線で繋がれ、更にその外側へと伸びていく。
 それは結界の向こう側で描かれた、星空のようだった。

「真意は神無月にでも明らかになる。私達はこうして利益を守ればいい」

 ぱきっ。
 その軽い音と共に、光は一斉にその輝きを失った。
 手を引き抜く。

「さあ、帰るぞ」
「……」

 紺の手巾で手を拭い、マントを翻して煙草畑へ分け入っていく。
 典はしばらくその後を追っていたが、やがてその足を止めた。

 龍が振り向く。

「何だ? あの赤河童を見に来たと思っていたか」
「……いえいえ。彼女はとっくに山を追放された身。あなたが気にする理由がありませんとも」

 赤河童。つい最近、山の上層部から仕事を受けた地底の河童である。
 人間と河童のハーフであった彼女は、どちらにも馴染めずに地底に籠もっていた。
 しかしそのままではどちらの為にもならないと、山側から仕事の依頼を出し、和解のきっかけにしようとしたのである。

 それは親切心だろうか?
 否、断じて有り得ない。
 彼女の持つ力、『あらゆるものを禁止する程度の能力』。これが野放しになったままである事を恐れたのだろう。龍はそう考えている。

 ただ、上が何を考えていても、龍がやる事は変わらない。
 上層部から実働隊へ、その仕事を正確に伝える。仕事がしっかり終わるよう、彼ら彼女らの士気を引き上げる一言を添えて。
 やった事は、変わらない。龍の仕事はすでに終わっていた。
 
 故に顔を出す必要はない。ここへ来たのも、結界の調査の為である。
 断じて赤河童の視察をする為ではない。
 確かにそろそろ船が通ると聞き及んでいるが、あくまで偶然である。
 断じて赤河童へ心配など抱いていない。

 何故なら。その心配は、容易く憐れみに変わる。
 龍は許せなかったのだ。技術のプロフェッショナルたる河童を、そんな目で見ることなど。

「分かっているな。その通りだ、では――」

 だが、それに思考の三割ほどが覆われていたのも事実。
 彼女は一つの脅威に気付けなかった。

 煙草畑で佇む典。
 その口元が薄く、笑っていたことに。

「――なっ!?」

 代わりに、もう一つの脅威には鋭く反応した。
 遥か遠く、濁流の向こう側を流れていた船。
 それがこちらに飛んできていることに。

「逃げるぞ!」

 気付いてから、龍の行動は早かった。
 普段畳んでいる翼を広げ、ふわりと宙へ浮かび上がる。
 そして一緒に逃げるために、典に手を差し伸べる。

 けれど、典は動かない。
 それほどまでに、彼女は感情を抑えきれなかった。

(――あの赤河童)
 

 持っていた。そう、まだ燻っていたのだ。
 山への恨みが、消えることの無い怨嗟の炎が。

 それを我々の資金源の一つである、煙草を潰すことで表明しようとは。
 ああ――

 何たる、甘美な復讐劇だろうか!

「何をしている、典! 早く掴まれ!」
「ええ……行きましょう」

 ――だが、彼女は知らないのだ。
 この煙草には、如何程に強固な結界が張ってあるのか。
 山と決別した彼女は知る由もないのだ。

 故に。
 この結界が破れれば、私の主はどんなに曇るだろう?
 故に!
 この結界が耐えたのならば、赤河童はいかなる顔を見せてくれるのだろう!

 胸中は期待に溢れ、その皮一枚に隔てた心を強く、強く高鳴らせる。
 そうだ、私は菅牧典。ヒトに囁く管狐。
 それでこそ赤河童、《《あなたを引き込んだ》》甲斐がある!

 
「許せよ、少し荒く行く……!」

 そんなことを考えていたせいで、ほんの束の間、典の行動は遅れた。
 龍の手を取り、振り落とされないようにしがみつくこと。
 それがもう少しだけ早ければ、今頃典は龍の腕の中から、その最高速度の景色を眺めつつ、悠々とその場を離れられていただろう。

 しかし、龍は未だ加速中だった。
 故に反応できない。

 《《急に水平方向の速度を早めた、その船に。》》

「え」

 故に被る。

「は」

 ――その舳先に立つブロンドの女に、衝突するコースへ。

「「「――な、んっ、でぇぇぇぇ!!!?」」」

悪事には一日で千里を走ってもらいます

山の上層部は関係の交通事故

山は種族のサラダなので、気を付けてても地雷を踏むことがあります。

煙草ってこんな高原で育つの?
→在来種銘柄の一つである水府葉は山がちな《ref:https://www.hitachiota-osobayasan-kai.com/water_reservoir/》水府村で育てられてた《/ref》らしい。
そうでなくても煙草はナス科だし、まあ少々高くても行けるんじゃないかな。

典はこころの教育にクソ悪いです。
出会わなかったので幸運ですが、彼女はこれで足を壊しているので割に合わない大怪我です。

何で!! どんな軌跡ですか! どんな瞬間を狙ったら下から来る天狗と鉢合わせられるんですか! 幾ら! 幾ら何でも運が! 運が……
 そういや厄神乗せてましたね、この船。

 ……ああ、だから人に被害が及ばなかったんですね……人じゃなくて、船に厄を押し付けてたんですもん……厄には特異な性質がございまして、大きくなればなるほど大きい物に依り憑きます。いや、設定的には確かに一人ずつに厄が振られてるんですが、システム的には大きい物に厄の結果を起こさせ、全員巻き込むというふうになってるんですね。

山から赤河童を追放したのは表向き地底にいるやつを山妖怪としたくない、裏向き今はそっとしといてやろう。
龍は表向きまで知っている。
典は裏向きまで知っており面白いので利用した。

なお、追放された妖怪が再び戻ってくることはまず無い模様。気まずいわ。

面白くないから、で大天狗からの願いは蹴っていい。
それは大天狗も、上層部も知ってるので彼女らにとって面白い案件しか持ち込まない。

人間も河童も首領なんていません。
河童側は山に住むことを鑑みれば天魔という絶対的首領がいますが、事情を察した大天狗が情報を握りつぶしています。
つまり彼女は山にまだ籍があります。