爪だって出っ張りなので全年齢です。

 おおっと、これはまずい。欠ける寸前です。人体における出っ張りと呼べる箇所が三つほど消滅してるんですがこれ間に合いますかね?

「ああ。つぎの帽子屋さんね。あなたは何シリングかしら」
「……に……げ……」

 おおっと、これはまずい。ガチです。「少々気がふれている」が額面通りに出てるフランドールさんです。壊すと決めたらほぼノータイムで破壊を打ち込んでくるタイプですね。もちろん破壊対策なんて持ってませんし、もし本気で壊されたらコンティニューまでぶち壊されて一つ前のオートセーブから始まります。端的に言うと存亡の危機。

 ……

 トランプは好きかい?
 今の、カナリヤの漢字だぜ。
 心に形なんて無いよ。
 魔界じゃ見られないような景色だな。
 面白いピエロがいたのさ。
 何も今更周りに合わせなくても。
 法廷で会おう。
 糸は引き終わったのかい。
 そう規定される前は
 誰であったか?

 …

 ▶いいえ、アリスです。ハートの女王。

「アリス? アリスですって! 嘘おっしゃいな、アリスは人形遣いよ。あなた、一つだって人形を持っているの?」

 ▶こちらにおわします。ほら、私の人形。青い目がとてもキラキラしておりますでしょう。貴女を見ると皆そうなるのです、なぜなら貴女は美しいから。

 ……いや人形どこだよ! あっ、後ろのこれのこと!?

「ちっとも。警戒してるようにしか見えない。でも人形は人形ね。じゃあアリス、ここには何をしに来たのか言ってみな」

 ▶帽子屋は罪を持ちません。タルトは王が食べたのです。時間は誰が刻んだか? もちろんU.N.オーエンでしょう。貴女の時計は無実です。彼女は過去を刻んだだけです。

「ふうん。今度は拍子が合ってるわ。それじゃ、首は据え置きかしら」

 ▶だから帽子屋じゃないって。

「じゃあこれは?」

 古明地こいしさんです。私は彼女を連れ帰りに来たのです。

「あれ? なんだ、罪もない、一人でもないなんて。これじゃただの嘘つきね。困ったものだわ」

 ……というわけで、はい。リカバリの会話補助でした。霊力スキル「会話補助」は、初期状態でも10回くらい使って共通点を探れば一応会話を進める方向性っぽいのが見えてきます……ただし基礎取得してないので内容は頓珍漢。なので都度考えて補完して喋らなければなりません。

 つまり相手の話を聞きつつ、補助で出る文章を理解して再構築して一瞬で組み立てるという手順を四回やりました。当然負荷は高いし、出来た文章は冷静に見返すと意味不明です。
 でも、そのまま喋るよりかは幾分かマシです。そのままだとまともに話を通そうとしてしまうので。こういうガチの人はそうそう引かないから、スキル以上に本が重要だったんですけど。やっぱスキル要るな。

 ちなみに、会話補助を使って失敗すると、いつもよりこちらへの印象が下がりやすくなります。彼女相手なら多分一発でドッカンされてました。もう二度とこんな危ない橋渡りたくないと思いました(小並感)。

「ねえ、そう思わない? パチュリー」
「……あんたが……言えたら、形無しね……フラン」

 あ、導線を塞いでますね。横に避けてっと。

 フランドールさんを止めたので、パチュリーさんが治療に来ました。紅魔館のいいところは、かなり無茶をしてもパチュリーさんの治癒魔法で何とかなるところです。神霊廟のように段階ダメージを超える勢いで回復してるから大丈夫みたいなノリじゃありません。まあその分そんな安心感をぶち壊す出来事が起こったりするからやらないんですけどね紅魔館ルート。

 こんばんは。赤髪の人、それに紫の方。私も肩を借りましょうか。

「ふしゃー!」
「……結構よ。……待って、今、おかしくなかった?」
「ぱーちゅーりー。抵抗はしないわ。治すなら早くしましょ。じゃないとこの子、無くなっちゃうよ」

 フランドールさん、こいしさんを背中引っ張って片手一本で持ち上げてるんですけど流石に重くな……あっ、重たくないですね、うん。何なら重心が安定してるくらいです。こう見るとよくサードアイが残ってたなあって。

「わた……し……あれ……案外……生きて……」
「……妖怪は……そう簡単には死なないわよ。人間だって、精神をへし折られても立ち上がるでしょう?」
「なるほど……勉強になるー……」

 個人差があると個人的に思います。

「さて……モノはないみたいだし、ホムンクルスの錬成からよ。そこから接合、慣らしも入れると控えめに見積もって昼までかかるかしら。フラン、魔力を貸しなさい。小悪魔、魔力変換の準備を」
「おーけい。いくよ」
「了解です、パチュリー様」

 
 ……えっ。

 ……罷りませんか?

「何でよ。適当な処置で痛む10日間と、今じっくり養生する半日。どう考えたって後者でしょ」
「あの、パチュリー様。そこの子の生殺与奪を、こんな顔も見せない人が握ることは何も言わないんですか?」
「医者も魔法使いも他人。私が治すっていうなら、こいつが何をしたって一緒よ。でも、不合理なのは気に食わない」
「あ、はい」

 歪んだ道を直線で近似するタイプですねこれ。曲がりません。だって折れてるから。

 ……えっと、その。どうしましょう。生還かつ半日無断欠勤は、まあ許すところではあるんでしょうか? ちょっと、前例がないというか、経験がないので分かりません。無断じゃないように私が断るにしても、聖さんはそれを見通すかもしれませんし……いや、よく考えたら聖さん、今いないんですっけ。ってことは一輪さんに話を通すことになるから……

「……豊夏……どうしたのさ。今更……気後れ、してるの? ……気に、しなくて……いいよ。悪気は……なかった、んでしょ」

 いやまあ、確かに欠片も悪気はなかったですけど。丁度いい! って感じでしたけど。あの所業に対してそう考えられるのはちょっとドポジティブが過ぎると思いますよ。それともそれを見越した皮肉でしょうか。

「だって……こうやって、助けに来たじゃない」

 マッチポンプなんですけど。なんか急に私に優しくなってませんか。負い目でもあるんですか。半日もない付き合いなんですけど、それで負い目を作るってRTAとかやってました?

 ちなみにこれは強ち冗談でもなく、このゲームでは本当にRTAみたいな動きをするキャラが現れることがあります。それが42週目の霊夢さんで、報告では「ゲームスタートの瞬間に絨毯爆撃された」そうです。他に報告は上がってませんが、このゲームのことだしもう一人二人そんなのが居てもおかしくない。

「それに……分かった、ことがあるの」

 何でしょうか。その体じゃ上体起こすのも一苦労ですし、フランドールさんを睨むなら首だけ回すといいと思いますよ。

「ぜん、りょく、かけて……勝て、ない……って、すごく、楽、しい!」

 おおっと、こっちもガチだ。これはまあ、いいか。

 付いてきたときは驚きましたが、しょせん彼女は命蓮寺ルートでは背景です。これ以上大きく前に出ることはないでしょう。万が一また付いてくるにしても、目に見える悪行を起こすのはあと仏蘭西と和蘭だけです。そのうち和蘭の方は絶対付いてこれませんし大丈夫でしょう。

 幻想郷システム的には、そんなになるようなガチバトルに傾倒するのは好ましくありませんが。そのへんはきっと紫さんがなんとかするさ。

「こわっ。パチュリー、早く治しましょ。ちょっと本気出すわ」
「フラン、貴女こないだも本気出すって言って――」
「あばばばびびびびび変換追いつかななななななな」
「!? コア!! 大丈夫!?」

 パチュリーさんの近くにいる小悪魔は、たいていコアという名前の悪魔です。主にCの棚を整理しており、得意な魔法はConversion。つまり物質や魔力の変換ですね。治癒魔法などで魔力が多量に必要になった場合に、外部から魔力を取り入れ、パチュリーさんが使いやすいように精製する役目を担っています。
 紅魔館ルートでは「これに関してはパチュリー様とも張り合えますよ」などの供述を聞くことができます。実際、魔界大都市「新宿」に行ってもこのレベルはそうそう見つけられなかったので、誇張ではないのでしょう。ただ、相手が悪いのです。

「フフフラララランドールさままま、待ちまま待ってもららららって」
「いやよ。早く帰ってもらわないと。時間がかかるのって、上質なホムンクルスが作れないからでしょう? だってここは現し世。魔界じゃないものね。それなら、ここに魔界を作るくらいの魔力を出せばいい」
「フラン……」

 ところで、Conversionの魔法は全く難しいものではありません。例えば火魔法を使う際は、魔力を実際に熱を持つ炎へと変換しています。つまり魔法が使えるならば誰でも使える、幻視よりも原始的な魔法だったりします。
 なので当たり前過ぎてだれも究めません。というより、わざわざ意気込まなくても魔法を使い続ければ自然と究まっていきます。そのせいでこの魔法はステータスに表示されません。初見殺し二級。

 しかしそれは同時に、《《熟練度に依存するスキルではない》》ことも意味します。手伝いますね。

「はゔぁ!? どこここの馬の骨とも知らない人に……あ、あれ?」

 FPSで例えるならエイム。格ゲーで例えるならフレーム反応。このゲームで例えるなら判断力。
 つまり、Conversionはいわゆるプレイヤースキルです。なので練習すれば上達し、リセットで消えることもありません。流石にこの額面通りのフランドールさんの魔力を全部変換するのは人外ですが、コアさんが処理しきれる程度にならいっぱい練習すれば出来ます。私もいっぱい練習したんだからさ。

「へぇ。ずいぶんやるもんね、アリス」

 続いてた。

「アリス? いや、偶然ね。確かに、最近見てないけど」
「すご……い……! 豊夏! やっぱり、違うん……けほっ!」
「……た、っすかっります、けど! 手伝うなら責任持ってやってくださいよ! 私も手一杯ですからね!」

 分かってますって。コアさんが手を付けた魔力はどうしようもありませんので、漏れた部分を拾いどんどん処理していきます。

「ほらっ、処理したものはこっちです!」

 そしてできた分はコアさんに返します。契約もしてないのに流石に直接パチュリーさんには繋げませんや。フランドール⇒コア⇒パチュリー の魔力回路に コア⇔豊夏 を追加する流れになります。
 ちなみに私とコアさんがあっさり繋げられたのは、コアさんのもう一つの得意魔法のおかげだったりします。さすがConnectionの悪魔。

「うぅ……痛む……魔力の放出孔が削れる……!」
「うふふ、これで終わるわけないでしょう。もっと行けるなら、もっっといっちゃうよ! そー……れっ!」
「えちょっ……! あ゛あ゛あ゛ああもー!! 『Connection』!」

 今のは フランドール⇒豊夏 のパス追加、及び コア⇒豊夏 のカットです。 フランドール⇒コア⇒豊夏 というただのパススルー出力でも放出量のキャパは取るので、死守すべき コア⇒パチュリー 間の回路分がこれでは足りないと判断したのでしょう。柔軟でほんと優秀なんですけど相手が悪い。
 これで回路は フランドール⇒豊夏⇒コア⇒パチュリー と フランドール⇒コア⇒パチュリー になりました。変則的な並列つなぎですね。

「か、かか、かかかかか……パチ、パ、パチュリー様! お変わりありませんか!」
「平気よ。もう10秒、頑張ってちょうだい。あと、整合性のチェックはこっちでやるわ」
「じゅ、10秒なら平気ですよ! 精製に専念くださいませ!」

 えっ、『Check』までやってたんですか? これは……その分パチュリーさんが本気を出せてたと考えたら……もしかして、夜明けに間に合うかもしれません! パチュリーさんに見つかったし何か功績立てないと帰れないなあ程度の気持ちで手を出しましたが……あるいは……!

「これだけやっても……? ぱーちゅり。面白いね、あんたの部下」
「……やっぱり、壊しにかかってたのね。今に始まったことじゃないし、私は貴女の教育係でもないけど……レミィに抗議しなくちゃ」
「む。何でそこであいつが出るのさ。関係ないでしょ」
「関係あるのよ、フラン。さく、美鈴にでも聞いてみなさい」

「おおおおぉぉ!! 10秒に10秒で応えるのは三流ッ! これより処理時間9秒以内にッ! カタをつけるゥッ!!」
「あの……ちょっと、音量……下げてもらって、いいかな……傷が……ふるえる……」
 ふるえるぞハートォ! 燃えつきるほどヒィィィトォォォ!!
「さげて……ほしい………な……………」



 お……

「終わった……!」

「お疲れ様、二人共。動けるかしら、こいし」
「うん! すごいすごい! 元からあったみたいに動く! いやむしろ、もとより動く!」
「それは良かったわ。さ、出てってちょうだい。慣らしも必要ないでしょ」

 言われずとも……出ますとも……! もう……やばい! かかった時間的に……そろそろ、朝焼けっ……空っ……! 走れっ……動けっ……! この何度目かの命……燃え尽きるまでっ……!

「そうだねえ、名残惜しいけど……これ以上は、住職さんに怒られちゃうし。じゃ、またね! 絶対また来るから!」
「来んなって言ってるのよ。馬鹿なの?」

 異論……聞かないっ……! 走り出せば……振り向かない……! 隠滅……決定的な言葉っ……! 流れる廊下……飛び交う誠意……! 有難う……! 左様、ならばっ……!

「わかった。馬鹿ね、二人とも」
「あ、他には小悪魔を通して伝えたわ。妹様のご友人って。引っ掻き回してくれたみたいだけど……フランの癇癪は治まったし。それでレミィは納得するから。だからさっさと帰りな」

 ……だいすき……!

「……ちぇ。まともなのはあんただけかい、赤髪の人」
「パチュリーサマ、バカニスル、ユルサナイ」
「あれ? 褒めたつもりだったのにな」



「馬鹿な……帰って来た……!」「信じられん! やつは不死身だとでもいうのかーっ!?」「つまりはどういうことだ? あの人、妖精なの?」「……つっ、次は負けないからね! 覚えときなさい!」

 紅魔館地下の廊下は曲がり角が少ないので、邪魔がなければスイスイ進めてとても楽しいです。この長さを真面目に考えると明らかに湖からはみ出ますが、そのへんは咲夜さんがうまいことやってるんだろうなあと思います。

「お客様でしたか、これは失礼しました」「その強さ……素晴らしい! あなたも神綺さまの下へ来ないか!」「いないいないと思えば……ここにいたのか、ヒカリコ。帰るぞ」「また来て頂戴ねー、いい刺激になるわぁ」「こ、怖かったぁ……」

 本気でもう時間がありません。明かりがなくても窓からの光だけで互いのシルエットがわかります。この時間でも元気に働く妖精メイドたちのモチベーションは本当に不思議です。これが自然の力?

「んん? でも魔法の修練って……あっ! この度は大変ご迷惑を……早い!? えっと、でも今後ともお気軽にお越しくださいね! それと来る前に一報頂けると助かりますよー!」

 結果的に『法』は学べたので嘘になりませんでした。Conversionの魔法は様々な魔法の基礎なので、様々な魔法で熟点として設定されています。ステータスに無いのに。まあ効率は魔法版木殴りって言われるくらい悪いんですが、流石にあれだけやれば少しは強くなります。今日はいよいよ空を飛ぶ予定なので丁度良かったのでした。



 森まで来ました。後は里まで一直線です。この樹上ルートは天狗が近道として利用してたりもするんですが、そのせいか一本だけ里までほぼ一直線なルートがあります。さすが人里の風害管理種族。それと記者魂。

「あー、思いっ切り遊んだわ。それにしても、よく地下室なんて知ってたねえ。やっぱり違うんだ、貴女」
 

 適当にあしらいます。私は背中を押しただけですよ。貴女が入りたいって思ってたんじゃないですか。

「そうかなあ? あ、そうそう。これ。豊夏の後ろをずーっと付いてきてたけど、貴女の?」

 ええ、そうですよ。それは私の『倫敦人形』。ずっと捜しておりました。

「やっぱりそーなんだ。良かったねえ、見つかって」

 二つ目の人形、『倫敦人形』。「シルバーナイフを持っている間、誰かが持つまで常に自分の背後をとる」人形。つまり、けして自分には取れず、周りの誰かが取ってくれるまで取れない人形。

 当然ですが「壁に背を押し付けて取る」といったことは出来ない、というより、『倫敦人形』が出現している間は不自然に壁への後退りが出来なくなります。普通にまっすぐ近づく分には何も無いんですが、背中を向けると必ず腕ニ本分程度は壁から離れるようになります。扱いとしては背びれが付いたようなもんです。

 なので、地面に背を向けると床に対して背びれが引っかかり、テコの原理で体が吹っ飛ばせます。戦いが佳境ならこれで奇襲する予定だったんですが思ったより平和でした。何かこの区間順調だな〜。

「……えっと、さ。ねえ、その」

 ハコ
 ――第一章、序説。

 この本を隧道にして私が読者に伝えたいのは、けして人は妖怪を恐れるだけの小さき者ではない、ということだ。妖怪は全てを諦めさせる絶望ではない。時に負け、時に勝ち、時に遊ぶ。言うなれば奇妙な隣人ともいうべき存在である。

 故に、妖怪のみを恐れてはいけない。時々、妖怪にさえ気をつけていれば幻想郷では生きていけるという言説が流れるが、それこそ流言飛語というものだ。妖怪とて、精霊とて、神とて、人間とて。カセン等しく安んぜられる点、恐るべき点がある。それを忘れてはならない。

「お客様」

ハコ
 ――中略。

 十六夜咲夜。

 齢十五程にして、解体術と時間操作に長けている。

 その力は主に料理に振るわれる。宴の際、彼女が何品か手掛けているということも少なくない。腕前も素晴らしくとても美味しい。だが、あなたがもし、命知らずであれば……その刃が何処へ向くか、良く考えることだ。

 安
 一つ、主の良いところを具体的に述べる。
 二つ、「光速の定義」への興味を示す。
 三つ、彼女の仕事を手伝う。

 恐
 一つ、主を馬鹿にしてはならない。
 二つ、興味本位で熱々の物を食べさせてはならない。
 三つ、

「私は……『隣の部屋』、と……申し上げました。
 あなた……『|規則《ルール》』を、破りましたね……」

ハコ
 ナカ彼女の「シルバーナイフ」に、手を出してはならない。

 ミギ〜 あいさつの次の言葉が思いつく本 より引用

 あっ……あれー? どうして起きてるんですか、咲夜さん? 下からナイフを掲げて、小枝をぶち抜いてくるほど生き生きしてしまって。この区間に何か目が覚めるような出来事とかありましたっけ? ……もしかして、バレました? ナイフ。

 い、いやいや。でも変哲ナイフですよ、三日保つんですよ。さしものZootheraも数十分〜三日なんて滅茶苦茶な範囲で乱数設定しませんでしょ。仮にそうだとしても今まで三日以下の乱数なんて引いたことありませんよ。そんな奇跡連続することあります?

 あれ? こいしさん、どうして口を開いてるんですか。何か言いたいことがあるんですか。そういうのは口に出さなきゃ伝わりませんよほらもっと早く喋ってくださいなぜそんなにためる必要があるんですかいやこれはもしや私の思考が加速してるんですかそうかこれがゾーンですか血が回りすぎてクラクラするんですけどこれの何がいいのか教えてくれよヴワルそういや今月のネトフリ代ちゃんと入ってたっけ

「あ……私のナイフ」

 ……………………。

「……つまり、お客様。
 貴女は私の部屋に無断で入った挙げ句、
 そこの古明地こいしに罪を擦り付けようとした大悪党である、と。

 それでよろしいですか?」

 ……▶よろしかない ので逃げます! くらえ、人形は確保したからもう用済みの「シルバーナイフ」!

「! ……加減はします。しかし私の部屋に忍び込んだことがまだ。失した分の礼はしていただきますわ! 幻世『ザ・ワールド』!」

 ですよねぇ!! やっぱり攻め手は休まらないなぁ!! まだ走りますよ、こいしさん! 行けますか!

「……良いですとも! 今の私は機嫌がいいのさ、だって友達が増えたんだから!」
「逃がすか! 時よ止まれ!

 ……いない!?」

 走れ走れぇ! 時止めは脅威ですが、所詮操るのは人間! 無意識に陥った見落としを見つけることはできません! こいしさんとしっかり手を繋ぎ、「無意識を操る程度の能力」を私にもかけつつ走ります! これには現時点唯一の時止め対策を逃さないという私の拘束の意味もこもってますよ! 分かってますねこいしさん!

「……っ! ねえっ! 豊夏! やっぱりさ、このナイフ! あなたのなの!?」

 そうですとも! 貴女が掲げるそれ! そちらこそが、私の「変哲ナイフ」です!

 ああ、私はなんて頭が悪いんだ! こうなるまで分からなかったなんて! とっくの昔だ、廃洋館で出会った時から《《既にナイフがすり替えられていた》》! こいしさんはわざわざ灰の中を探って、「変哲ナイフ」と「メリーナイフ」を入れ替えたんです! だから咲夜さんは気づいたんだ、「メリーナイフ」じゃバレるまで数時間も保たないから! 見た目あんまり変わらないのに材質が違うばかりに! すり替えの理由!? 気になったからだろうなあ!
 考えれば妙でした、こいしさんがあの火の前で立ち止まってたこと! 一緒に燃えたはずのナイフがほとんど煤でくすんでなかったことっ! 包んだ布が全く暖まっていなかったことッ! 畜生、ちゃんとじっくり考えれば済んだ話だったのに! 慣れって怖い!

「それじゃっ……あの人! 怒ってるのって、私の……!」

 薄々関係はありますけど! 今言うことじゃねえ! 走れ! 走れ! 幸い、こいしさんは血も残さずに破壊されていたおかげで服は汚れていません! これなら命蓮寺へそのまま帰れます! が、命蓮寺へそのまま帰れば私の身元が割れる! 一旦人里にダイブします……!?

 のわぁ! 露西亜ガード! 傷魂「ソウルスカルプチュア」!? 斬撃が飛んで、小枝が弾けて! まさか、ここら一帯全部切り飛ばす気ですか!!
 やべえ! ここをあんまりぶち壊されたら山岳修行が面倒なことになります! 山が修繕作業に人を割くからあんまりサポートできないとか言い出します! すなわち修行エリアに制御できないやべー妖怪入るかもだけど気を付けてねって感じで! 絶対人足りてるのに不思議なことに! 天狗の仕業じゃ!

 仕方ない! 今意識的に躱してしまったのでどうせ場所は割れました! もうどの道走ってたって一緒です、本道へ下ります! 人里は見えてる、だから、あと少し、なんだよっ、咲夜さん! 退いてください!

「どうやら、観念したようですね。まあ、といっても既に十分気は晴れましたので……この一枚で最後といたしましょう」

 あっ優しい! 今までのせいで優しさが骨身に沁みる! これがギャップ萌えですか! それともストックホルム症候群! あるいはダメンズ!?

「空虚『インフレーションスクウェア』」

 全っ然優しくねェェェ!!! ブン屋撃退用スペルじゃないですかァ!
しかもラストワードの対スペルとかガチ中のガチ! あの方は写真で弾を消せるから何とかなってんですよ! 私弾なんて消せませんよォォォォこいしさんナイフ返してぇ!!

「はいっ!」

 弾が消せないならやるしかない! タイミングを測って……今っ!!

「なっ……弾いた!?」

 そして空いた包囲網の穴から脱出! 地面に刺さったナイフを乗り継いで! まっすぐ飛び込め人里ォォォ!!



 ……の!

 裏路地だぁ!

「いたぁい! 急な方向転換はやめてよ!」
「何だ何だ? そろそろ店じまいだぞ……!? うおぉお!」

 よ、よし、やった、ついた! ほぼ助かった! 呼吸を整えて……よし。改めて、走ります。

 ここで落ち着いて人を盾にして穢れを稼いでいきたいところですが、流石にそんな暇はありません。というか咲夜さんは完璧な従者なので無関係の人は傷つけません。ここは裏路地の複雑さを生かして咲夜さんを撒くことに専念します。

 上空から見られたら一発アウトではないかと思うかもしれませんが、裏路地はこれで案外凹凸が多いのでどうにかなります。むしろ相手がどこを通ったかわからない分地上から普通に追ったほうがいいまである。

「ごめんあそばせ、避けなさい! く……! こんなに複雑な道を悠々と……! あいつ、もしかしてここの人間なの……!?」

 裏路地は義理と面子と商売の世界なため、商売した上で人助けをした私は結構裏路地から好印象だったりするのであながち間違いじゃないですね。過程に目を瞑れば。

「……さすがに……お嬢様も起きる頃ですし……この辺に……」

 おっ、迷い始めました。咲夜さんは賢く大抵レミリア至上主義なので、こうして主へのマイナスを提示してやればあっさり引きます。少しペースを落としてこいしさんを労りましょう。新調したばかりのパーツがいかれると困りますからね。編集時に気づきましたけど、厳しくしたり優しくしたりでこの区間のダメンズ感が凄い。

「ほ……ほう……けほ…………豊、夏。今日……は、すっごく、楽しかった……! ありが、とう……」

 礼ならあなたが関わって来ないことが一番の礼です。なんで命蓮寺ルートでこんな限界ギリギリのダッシュバトル何度もやってるんですか? 確かに「どのルートを選んでも最終的にSEKIROが始まるゲーム」という形容は聞いたことがありますけど、まだ集めた人形数的に半分も終わってないんですよこれ。平穏が死ぬにはまだ早いって。

 とと、人里を抜けました。後はエアサイトで注意を払いつつ、命蓮寺の自分の部屋に潜入するだけです。帰りは多少騒いでも、寝付きが悪いみたいな言い訳で何とかなるので気が楽です。それじゃ、今夜はお別れですね。また今朝に。

「……うん。ねえ、豊夏。これ……ごめんなさ」

 あ、はいはい。どうぞ。

「……え? これ、私のナイフ……? どうして」

 どうしても何も、一本目に投げてきましたから。こっそり拾ってきました。変哲ナイフは何かと必要なんですけど、こいしさんの性格によっては対価を要求される可能性が考えられましたからね。そうでなくてもこうして物を貰うときは対価があれば話がスムーズに進みます。根回しは大事。さあ変哲ナイフを寄越しな。

「……! うん! また、今朝に!」

 受け取ったら、早いとこ部屋に戻って布団に潜り法壁を回収します。ユーカリの香りが減り切った体力を僅かに癒やしますが最大値が減ってるので意味がありません。仕方ないので薬樹の葉っぱを使って全回復。タイミングとして最高ではあるんですけど、序盤で一枚切ると思ってなかったので少し焦り始めます。そのため、以降はちょっと余裕を無くした動きが増えてきます。ずっとテンパってるという説もあります。

 ちなみにこの葉っぱ、回復したように見えて実は「前の全回復状態に体の状態を戻す」という処理をしています。ついでに言うと他の回復アイテムとは違い、食べたとか飲んだとかではなく「使った」という表記が出てきます。更に豆知識として一度葉っぱを千切ってからもう一度あの木の場所に戻ると綺麗さっぱり木は消えています。ところでこの葉っぱ、永琳さんに見せても薬効の解説はしてくれません。

 何か不穏な気配を感じた方はイベント「用法用量要注意」でメディスンに葉っぱを渡してみましょう。きっととっても|楽しいことになりますよ。

 さて、それでは朝に向けて仕込みを始めましょうか。あと三十分(ゲーム内)もないですけどやれることはいくらでもあります。とりあえず、最後の本を読みますか――『操り人形舞台裏』。



なお帽子は現時点で(