今回ばかりは手放しで喜べない。このまま終わると、話そうと思っていた必要な傷の話ができない。
こう、何かしら向こうが攻撃してきて、それで食らった傷をきっかけにして、名誉の負傷だとか、このことを忘れない為だとか、二人と私を守った証だとかそんな話をしようと思ってたんだけど。そりゃ傷が深すぎたらこっそり回復魔法かけてグロさを軽減しようぐらいは考えてたわよ。でもまさか一つもないとか思わないわ。
……自傷するか?
いや、無理だ。フランドールは吸血鬼であり、私が魔法を教えた魔法少女でもある。こんな特殊な状況でなければ、魔法が使われたら即座に気づき、それが誰の何の魔法なのか瞬時に見抜くくらいは造作もない魔法少女なのである。そして私は魔法以外に気づかれずにそれっぽい傷を作れるスキルなど持ってない。咲夜に習っておけばよかった。
……筋肉痛で誤魔化すか?
悪くない。十年単位の筋肉痛と言っていたが、それが間違いないと思えるくらいに実は体が痛い。今の私はほとんど魔法で支えたマリオネットだ。いや前からか。身体強化ついでに使った痛覚軽減の魔法を解けば行ける気がする。
しかし筋肉痛のことはフランドールも知っている。自然な演技にはなっても、自傷よりも嘘はバレやすいだろう。
……もうこのまま流すか?
それもアリかもしれない。黙して語らずいつも通りは一番楽で魅力的な選択だ。ただここで退くと、後でまたこの問題に立ち向かわなきゃならない。いつだって走り始めが一番大変。理由がない限り後回しは愚策よ。
うん、解呪を手段に使おうとしたのが間違いね。一気に二つの悩みを解決できる妙案だと思ったが、そう上手くは行かない。普通に説得の方向を変えるしかないか。初仕事が成功だと考えたらまあ悪くもないかもだし。
「ええ。でも、まだ一つ残っているわ」
「……傷の話だったっけ。必要な」
「そうよ」
「聞かせてくれるかな」
さくっと話し合いましょう。
「私はね、フランドール。それが良いか悪いかを考える前に、全て知っておきたいの」
「うん」
「だって、どんな情報であれ知っていたほうが手数が増えるのは間違いないもの。手数があれば、何か幸運が起きたとき、それを掴み逃すことがない。何か問題が起きたとき、スムーズに別の手に移れる。進み続けることができる」
「うん」
「今は意味が無く見えても、たとえマイナスにしか見えなくても。いつかその経験は役立つかもしれない。私にとってはそれだけで知るに値するわ」
「……うーん」
むぅ、反応が弱い。やっぱりこれじゃ厳しいか。言葉だけじゃ伝わらないものってあるし。ならやっぱり自傷か?
「……私には、納得できないな。知らなくていい事だってあるじゃない? 例えば、顔を炙られたりする痛みだとか、内臓を食い破られたりする感覚だとか。そういうのは知らなくていいし、経験する必要もない。それでも貴女、その考えを掲げるの?」
「……」
発想がエグい。でも忘れてた、そういやフランドールって吸血鬼だわ。調理済みの人しか見てない期間のほうが長いとはいえ、人がどういうものか知らないわけじゃない。こないだ部屋見に行ったら凄い数の小説積んであったし。買ったのがほとんどだが、図書館からくすねたのも多いと言っていた。まさか本泥棒が一人じゃないとは思いもよらなかった。ちなみに、ちゃんと押収した。
しかも能力が能力だ。苦しみを与えず一瞬で殺す、ある意味最も人道的な能力を持つ彼女にとって、進んで苦しみを得に来る私は理解しがたいだろう。まあ、こっちは憶測だけど。
つまり、マズった。