「ワンドット、あなたまた身長が伸びてない?」
 「む?誰だ貴様!なぜ私の名を知っている!何だその装飾の多い服は!それで何ができると思っているんだ!」
 「あ、しまった。えーと、質問は一つに絞ったほうがいい……と思いますよ」
 「貴様の知る装飾が何を思っている!」
 「そうじゃない」
 僕が必死で耐えている横で、青髪の女の子は普通に妖精メイドさんとお話ししていた。い、意外と度胸あるなあ、この子。
 「では番号を名乗れ!まさか貴様が不審者ではあるまいな!もしそうならこの場で叩き斬る!」
 「むっ。……457870です。空いてますよね?」
 「」
 
 「ワンドットってばー、一旦落ち着いてー」
 
 「……不審者?何かあったんですか?」
 僕がそう言うと、ワンドット?さんは舌打ちして、腰から抜いた木刀を地面に突き刺した。目がとても血走っていて、やっぱり、こわい。
 「ああそうだ!貴様ら、なぜこの広い会場を私達二人だけで準備していると思う!?」
 「……」
 「え?うーん、他のみんなは頭が痛くて休んでる、とか?」
 「ほぼ正解だ!実は先刻、不審者が入ったという知らせがあってな!貴様らも音を聞いたかもしれないが、門が鳴るのは侵入者の合図なのだ!他の者たちはそちらに対応を追われている!」
 「……門?鳴る?」
 あれ?なんだかそのこと、聞き覚えがあるような、実感がわくような。というか、もしかして。
 「それ、どこが正解なのよ」
 「侵入者は頭痛の種だ!」
 「くそっ、否定できねえ」
 「それに今回は普段の本泥棒などではない!紅魔館随一の門番、紅美鈴殿が勝てないと悟った敵!それが来た時に鳴らす警戒音がした!門を鳴らせるのは正確なリズムを刻める美鈴殿のみだから、誤作動や誤操作などあるはずもない!」
 僕は頬に汗が伝わるのを感じた。
 うるさく鳴った門。あのときの、美鈴さんの焦り顔。間違いない。それは僕が鳴らした音だ。けれど美鈴さんしか門は鳴らせないというなら、あれは、僕は、どういうこと?
 ワンドットさんは一呼吸おいて、話をつないだ。
 「本音を言うなら、我々も加勢したい!だが美鈴殿ですら敵わぬ相手に外敵担当でない妖精メイドが行ったところで、良くて時間稼ぎ、悪くて邪魔!だから時間稼ぎの得意な者だけが向かい、我々は我々の仕事をこなすのが最良!これが我が主の意向である!」
 「出す物は出し終わってますのでー、あとは差したり組み立てたりするだけなんですー。ですがー、二人だけじゃやっぱりなかなか終わらなくてー」
 「だから、457862だったか!貴様が手伝ってくれるのは非常に嬉しいぞ!だがそれは後回しだ!そこの青髪!本当の身元を早く言え!あまり引き延ばすようならただじゃおかんぞ!」
 「……ふむ。真面目すぎるのも考えもの、か」
 
 ワンドットさんは木刀を引き抜き、青髪の女の子に突きつけた。一歩踏み込めば、今にも女の子に木刀が当たるような距離。
 僕は衝動的に、二人の間に割って入り、遮るように手を広げた。違う、僕は、悩んでいる場合じゃない!原因なんて後でいい、女の子を助けなくちゃ!
 「ま、待ってください!あれは僕が鳴らした音で、だから、誰も侵入なんて!」
 「なにい?お前が鳴らした?……ほほう、なるほど」
 
 
 
 

 
 「つまり!貴様も侵入者か!!この不届き者がぁああ!!」
 「えっ、ちょっ、話を聞いてーー!」
 必死に止める僕の声は、ワンドットさんの声にかき消された。僕の頭に目がけて、真っ直ぐに振り下ろされる木刀。
 その速さを見て、僕はわかってしまった。ああ、避けることはできない。きっとこれはとっても痛いんだ。それこそ休まなきゃいけないくらい。そうしたら、僕はしばらくこの女の子には会えないんだろう。また会えるかどうかもわからない。
 分からない?……解らない、怖い、恐ろしい、嫌だ、いやだ。そんな声が、僕の心を塗りつぶす。大丈夫だよ、逃げたって、誰も笑いやしない。だって、妖精メイドは――だから。だから……
 
 ……だから?
 
 恐いのだ、おぞましいのだ、この身が逃げろと囁くのだ。
 
 だから。それが、どうしたというの,だ。
 
 僕は怖い、それだけで済む。けれど、僕の後ろにいる人は。
 
 
 
 
 
 
 僕は元より避けるつもりなんてない。目も逸らさない。僕は守らなくては。僕の後ろのこの子だけは、絶対に傷つけはさせない――
 
 
 
 
 「……九十点よ。457862」
 
 
 
 目を、逸らさない。
 だから、見えた。
 僕の右肩をかすめた腕が、木刀を受け止めている。そしてその腕は、もちろん僕の後ろから伸びている。
 ――青髪の女の子が、木刀を片手で掴んで止めていた。
 「なにっ!貴様、そんな馬鹿な!」
 ワンドットさんはとても慌てて、木刀を手放し素早く距離をとった。やっぱりあの人、とっても判断が早いんだなあ。さっき休まされかけたメイドさんに、僕はのんきにもそう考えていた。だから急に肩に手を置かれて、僕はとても驚いた。
 「わひゃあ!なな、何?」
 「けれど合格よ、457862。身を挺してでも誰かを守れる、それは妖精メイドの何より大事な素質。かっこよかったわよ」
 「え?う、うん。ありがとう」
 青髪の女の子はそういって、僕にとても綺麗な笑顔を見せた。か、かわいい……じゃなくて!
 「右手は大丈夫!?木刀受け止めるだなんて無茶……」
 「ああ、問題ないわ。ほら」
 女の子が木刀を持ち替え、右手を振ったり握ったりする。見た限り、どこもおかしくなってないみたい。
 「よ、よかったぁ〜……」
 僕は急に全身の力が抜けて、その場にへなへなと座り込んだ。女の子が無事で良かった……。まだ知り合ったばかりなのに、すぐに会えなくなっちゃうのは、ちょっと寂しいから。だから、守れて良かった。……守れた?
 そう気を抜いていると、いつのまにか目の前に女の子の顔があった。左手を僕の頭に載せ、眉をぎゅっと真ん中に寄せる。……怒ってる?
 「……でもね、身を犠牲にするのはだめ。身を挺することができても、あなたが死んじゃうのはだめ。たとえ妖精でも、よ。本当に誰かを守りたい時は、自分も一緒に守りなさい。それがわた……主の願い!主の願いなのだから!」
 女の子はわたわたと焦りながら、そう僕に伝え、何もない方を見た。うん、ごめんね。そう言おうとしたけれど、なぜだか目の周りが急に熱くなって、うまく口が回らない。あれ?どうして、悲しくなんてないのに。
 「……もう。泣くことじゃないでしょ。私は傷ひとつない、あなたもここにいる。胸を張って誇りなさい、僕は一人の女の子を守ることができたんだって」
 その言葉にまた目の周りが熱くなった。けれど、今度は我慢する。流した水の粒を、袖でぐしぐしと拭いて、僕は顔を上げた。
 「うん……そうだね。まだ試験も始まってないのに。こんなとこで泣いちゃいられない!」
 「ええ、その意気よ。そうでなくてはね」
 僕はいつもの元気で気合を入れなおした。
 
 
 
 
 
 「……え、シーア、本当?本気?本実?」
 「真実ですよー。まあ、あの人なら許してくれますってー。だから脇差しで腹切しようとするのやめてくださいー。聞いてましたかー、さっきのれーさんの話ー」
 「う、うおおおおおお!私は!私は何ということをををを!お許しください我が主ぃぃいいいい!!!」

最終試験:フランドールによる破壊で恐怖を植え付け、それでも帰ってこれるか試験