昔々あるところ。退屈な男がいました。
その男は何をやっても長続きせず、上達する前に投げ出してしまうのですが、成績自体は全く駄目というほどでもないものを残す男でした。具体的に言うと首都圏外のベスト32くらいです。
周りは男のことを惜しむ人もいました。どうしてもっと頑張らないのか。貴方はもっとやれる人だろう。先程の例えだと凄さが伝わりにくいですが、男は全国模試でいうと60位くらいをとれる成績をほとんどの分野で出せたのです。激励を受けてもおかしくありません。けれど本人はその激励にいつも沈黙を返していました。
さる19歳、男が中の下程度の大学に初めて向かっていた日のことです。その日は豪雨が降っていて、かつ初めて行く場所周りのハザードマップを男は覚えていませんでした。男は浸水した水の流れに足を取られ、横断歩道でよろめきました。さらにこんな天気だろうと走らねばならない理由があった10連勤3徹夜の重トラックが運悪くそこへ突っ込みました。撥ねた泥水が男の目を襲います。

次に目を開くと、男は見知らぬ場所にいました。空は入道雲と綿雲が大半を占めており、それを朝焼けがほのかに朱く染めています。陸は地平線まで見渡せるほど平坦で、湿った砂利が覆っています。遠くには海というか、不可思議な力でまとめられた水の塊のようなものがありました。まるで本当は水を張った池だったのを、トラウマ刺激を危惧して無理矢理水だけ退かしたような様相でした。
その水の塊の側で、誰かが深呼吸をしていました。まるで無理矢理を通して滅茶苦茶に疲れ息せき切っているのを何とか誤魔化そうとしているかのように時々エグい咳をしていました。ちなみに彼女はロリ巨乳アホ毛くせっ毛ピンク長髪にオーバーサイズ白Tシャツ一枚でその裾は半分透けています。

五分後、そろそろ落ち着いたかなと男は彼女に話し掛けます。彼女は自身を神と名乗りました。ついでに巧みな話術でここが時間の流れが違う場所であること、あまりに運がなく可哀想なので男を転生させようと思ったこと、これは我儘なのでその対価として男にチート級スキルを与えることなどを自己紹介に織り交ぜて話しました。しかし男は無神論者だったので頑なにスキルを受け取ろうとしません。しばらく押し合いをしていると、やがて辺りに光が満ち始めました。それは非常に眩しかったですが。先程の泥水と違い目に悪影響が出るほどではありません。また急に移動してはかなわないからと、男は眩しさを無視しずっと目を開けていました。

それが良くなかったのでしょうか。あるいはスキルを押し合いしていたせいでしょうか。男は急に浮遊感に見舞われます。先ほどと重力の向きが変わったことに気付きます。下を見てみれば、強い風ではっきりとは見えませんが、広々とした草原があるようでした。そこでようやく男は気づきます。自分と、何か禁止ワードを叫んでいる神を名乗る彼女は、頭を下にして真っ直ぐ草原へ落ちて行っている最中であるのだと。