第百XX季、幻想郷は核の炎に包まれた
―――のではないかと疑うほどに暑い。
 現在標高、マイナス200m。看板に描かれた数字は間違いなく地下洞窟にいるという事実を伝えてくれるが、気温は既に裏切ったらしい。
 
 「……われわれとて我慢強い方ではないのだが」
 その蒸し暑い洞窟をてくてくと歩いていくのは、薄桃色の髪をした少女。面霊気の秦こころだ。今は古明地こいしに遊びに誘われて地霊殿に向かっている最中である。地下だというのには不釣り合いな気温は、確実にこころの体力をむしばんでいた。まるでここは窯の中だと主張せんばかりだ。じっとりと汗ばむ体を必死で忘れる。
 「こいしに後で抗議してやろう。そう、今の洞窟には風通しが足りなさ過ぎる」
 独り言を呟きながらてくてくと歩く。そうでもしなければやっていけない。こう暑いところでは憑いている面が変形しかねないのだから。物が意思を持った九十九神たちは、物であるがゆえに環境の変化に敏感なのだ。
 だからこそ、気づいたのかもしれない。道のそばに空いた穴から、明らかに違う、と分かる風が吹いていることに。
 「……ん?なんだこれは。」
 こころが穴をのぞき込む。その中は暗く、妖怪でもようやく見える程度の明るさしかなかった。だがそこから吹く風は、その先が他とは違うということを如実に知らせ続けている。
 そして何より、人が一人通れる大きさである。
 「……ふむ。」
 思わず胸のうちにひとつ、感情が膨れ上がる。それは世間一般では『好奇心』と呼ばれるものなのだが、こころはまだそれを知らない。
 「……時間はまだあるはずだ。大丈夫。少し見て帰るだけだよ」
 実際に時間はあった。だがその時間は旧都でなにかお菓子を買っていくために取った時間であり、これは想定外である。旧都のお菓子は甘党のためのものが多く、地上とは一風変わったお菓子が買える。用がなければ地下に向かうことのないこころにとって、これは見逃せないチャンスであった。
 だが、感情止めること能わず。
 こころにとって感情とは学ぶものである。そして今、名前のわからない感情がある。学ばずして帰ることがどうしてできようか。こころは意味もなくあたりを見回し、その穴の中に入って行った。心の中でお菓子に詫びながら。
 ――すまない。白玉饅頭。