私が博麗の巫女になってから、割と長い。
 昔は不慮の事故によって代替わりすることが多かったから、あなたほど長く続く巫女はなかなかいなかったのよ、と紫は言っていた。
 そしてただ長いだけでなく、妖怪と戦った回数も歴代で群を抜いてるらしい。流石にそれは嘘だろうと思ったのだが、直後に私が倒した相手リストを持ってこられて何も言えなくなった。あんなに相手取ってたのね、私。
 まあ、言われてみればずいぶん妖怪への知識も増えたし。あまり積極的に調べたりしない私だ――そういうのは魔理沙の仕事だし――知識が記憶にある、というのはそれだけ戦ってきたことの証明になるだろう。
 吸血鬼。鬼。天狗。火車、鵺、戸解仙。人魚人狼飛頭蛮。もう知らない妖怪なんていないんじゃないかな?なんて思うことも幾度かあった。
 「ぷぅわぱー。さー皆様寄ってらっしゃい見てらっしゃい、今ならサードアイが三十銭。安いよ安いよー」
 この日までは。
 
 
 言うほどに暑くはないが、気を抜けば汗で服が張り付いてしまう初夏の朝。
 妖怪が多いと評判の林道を、『さーどあい屋』がすすんでいく。
 「おや?霊夢さんではないですか。いらっしゃいませー」
 「……何やってんのよ、あんた」
 流石に話しかけてしまった。でもしょうがないと思う。妖精や夜雀ならともかく、覚り妖怪が屋台を引いてるだなんて、気になって仕方がないだろう。寺子屋の銅像がさおだけ屋を始めたようなものだ。
 要は私はこう言いたいのである。
 こんな妖怪知らない。
 「ぱぱー。見てのとおりです、サードアイを売ってるんですよ」
 「あんた達の一番大事なものじゃないの、それ」
 「ええ、そのとおりです。ですが最近、物置を掃除したらいっぱい出てきてですね。処分に困るので売っちゃおうかと」
 さとりはラッパをくわえ、一度だけ短く吹いた。
 ……いや、まだだ。まだ頭を痛める段階ではない。妹の方ならともかく、たとえいつもは地底で書類ばかりいじっている姉の方が私の目の前にいても。
 その彼女がいたって真面目な顔でラッパをくわえていても。
 カチューシャがシルクハットみたいな物にすり替わっていても。
 「おや、そんなに私のことを心配してくれるとは。嬉しいですが、少々癪ですね。私は狂ってなどいませんよ」
 それ以外はいつもと全く同じだったとしても。
 まだ頭を痛める段階ではない。
 「…何でいっぱいあるのよ。別にあんたのサードアイが付け外しできて、おしゃれとして変えられる、ってわけではない…でしょ?よね?」
 「当たり前じゃないですか。サードアイは一人一種。この眼と一緒に生きるのが覚り妖怪です」
 「じゃあ屋台に入ってるのは」
 「サードアイです」
 言葉は通じるのに、話が通じない。もしかしてサードアイって名前の銘菓でも地底にあるのだろうか。もしそうだとしても屋台の中身をのぞく気にはならないが。いくら長く巫女をやっているといえども、ただの女の子には違いないのだ。万が一さとりの言うサードアイが本物だったとしたら、大量に目が入ってるはずのこの屋台の中を見て正気を保てると思えない。
 「お菓子ではないですよ。ちゃんとれっきとしたサードアイです」
 正気度チェック、回避。自分の勘にこれほど感謝したのは月での弾幕ごっこ以来だ。あの時はついに私も不慮で死ぬのかと思った。
 ……なんで地上で同じ思いを味わってるんだろう。
 「まあ、いいわ。出処は別にどうだっていい」
 そのことは一旦置いといて。
 私が聞くべきはそこではない。サードアイが物置から出ても天から降り注いでも気にすることではない。いや、天から落ちてきたらさすがに気にするわね。即刻解決に回らなきゃいけなくなる。
 でも今回はそうではないみたいなので、聞くべきはこっち。
 「本物のサードアイだって言うなら、大事なのはそれに心を読む力があるかどうかよ」
 「ありますよ」
 「なら退治する」
 華麗に二段論法。ある→退治、ない→それはそれとして退治。非常にシンプル、迷う余地なし。心を読む力なんて誰かに分け与えてみろ、私はあと何人易者を割ればいいのか分からなくなる。
 私はお祓い棒をさとりに向けた。
 「お待ちくださいよ。これは私たちの為でもあるんです」
 「尚更ダメじゃない。私利私欲に動く妖怪、それに翻弄される人間。さて、誅するべきはどちらかしら」
 懐から針と札を取り出す。準備は揃った。あとはカードを宣言するだけ。
 だがさとりは臆せず続ける。
 「翻弄されるのが妖怪ならよろしいのでしょう」
 「むっ」
 一瞬考えてしまう。
 博麗の巫女は人間の味方である。それは博麗神社がほぼ妖怪神社になっている今でも変わらない。
 人間に害を成すか、成すようになるならば、たとえ誰であっても許すわけにはいかない。それを裏返すなら、妖怪に害があってもほっといていいことになる。というかむしろほっといたほうが人間の為になるのでは。神霊廟?あれは調査よ。
 その私の心情を読んだのか、さとりは市場を妖怪側に変えるらしい。まったく、やっぱりさとりは交渉の場数が違うわね。たった一文で納得しかけたじゃないの。
 「……嫌味ではなく、賞賛しているのね。心の声なのにわかりづらい」
 「ちょっ、読まないでよ」
 危ない危ない。さとりを相手にしていると、ついうっかり心が読めるということを忘れがちになる。これが彼女の特性なので、何もとやかくいう気はないが。せめてオンオフできないものか。
 「ふふっ。私はね、そんな風に私を分かってくれる人を増やしたいだけなのよ。『心を読めるだなんて気味が悪い』『おとなしく地底にこもっていればいいんだ』という人に、私を理解して欲しいだけ」
 「ふうん?」
 さとりの顔が曇る。おそらく、何度も思われたことがあるんだろう。私も最初は思ったことだし。まあ、それよりも会話が成立しなくて大変だろうなあ、と思ったけど。
 「だから、まずサードアイを売ります」
 「すると?」
 「心が読める人が増えます。やっぱり、実体験で説明するのが一番でしょう」
 「その結果?」
 シルクハットをかぶり直して一言。
 「私は同族が増えてwin、懐も暖まってwin。win-winですよ」
 「ただの一人勝ちじゃない」
 「妹も勝つので二人勝ちですよ」
 「あんたの妹はもう勝ってると思うわよ」
 たまに博麗神社によってくるし。魔理沙のとこにも来るらしいし。命蓮寺の在家信者だし。希望の面持ってるし。ああもう、何でこんなに知ってるのよ、私。別に知ろうとしてないのに。あの子が勝手に話すせいよ。ちゃんと言っときなさいよ。
 「言ってほしいならあの子をここに呼んでください」
 「あの子は虎か何かか」
 「屏風にいるとわかっているなら出せるのですがね」
 さとりがサードアイを持ち上げた。そういえば、想起とかいうスペル持ってたな、こいつ。出てきたのは虎ならぬトラウマでしたーなんて冗談は笑えないわよ。
 「おや、そうですか。流行ると思ったんですが」
 「流行らせたら退治するわよ」
 「では、今回は見逃していただけるので?」
 「……んー。もし問題が起きた時、あんたが責任もって全力で対処するって言うなら」
 「ご決断感謝いたします」
 さとりはシルクハットを外しながら深々と頭を下げた。その頭の上には一匹の雀。
 「いや、何がしたいのよ」
 「客引きにはパフォーマンスも必要と読みかじりまして」
 「そういう意味じゃないと思う」
 きっと叩き売りとかの話だろう。いまどきそれも見ないけど。
 さとりは雀を飛び立たせてから、またシルクハットをかぶり直した。これでステッキでもあれば立派なマジックショーだが、まあ言わないでおこう。どうせ伝わるし。
 「ええ、それでいい。さて、暑くなる前に解散しましょうか。それでは」
 さとりは屋台の持ち手を持ち直し、また歩き始めた。
 額にうっすらかいた汗を、袖口で軽く拭く。
 その手は、夏だというのに赤くなっている。地底からずっと屋台を引き続けたんだろう。使い古されて細くなった、こんな持ち手で。
 「……」
 私は屋台を遮るように立った。
 「何ですか、霊夢さん……え?」
 そしてさとりにそれを投げつける。
 「ん」
 私は人間の味方だ。しかし、妖怪の敵というわけでもない。
 だからタオルの一つや二つぐらい、貸してやってもいいだろう。
 「……ありがとうございます。」
 「礼はいらないわよ。売れようが売れまいが、私はどうでもいいんだから」
 「……『心を読むな、かっこつかないでしょ』」
 「口に出すな!」
 お祓い棒を振り回し、私はさとりを追い払った。それに合わせてそそくさと退散するさとり。
 しかし少し動いたあと、さとりは立ち止まって言った。
 「霊夢さんは要りませんか?お一つ三十銭、使い捨てですが効果は折り紙つき」
 そう言って一つサードアイを取り出す。緑色で六本のコードが出ている。目は閉じた状態だ。コードは自由に動かせるうえ後から任意で増やせるし、着けた瞬間目は開くように出来ているらしい。心理戦によし、接近戦にもよし。
 もちろん返答なんて考えるまでもない。
 『「要らないわ、きっと永遠にね』」
 「ふふっ」
 さとりは微笑して、また屋台を引いていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「ちなみにこたつに入ったままみかんが取れたりもしますよ。……いや、冬の限定販売なんてしませんからね」