視界を移動させていく間に、コアからいくつかインについて説明された。
Y担当、イン。何故か赤い髪が多い小悪魔たちの中で、珍しく銀髪の小悪魔。
といってもなにか特殊というわけでもなく、魔界名物銀の河に頭から突っ込んだだけとか。常温で流れる銀色……いや、まさかな。本物だったら賢者の石を使う私としてはさすがというところだが。というか魔界に銀の河なんて魔界神もなかなかいい趣味してるわね。何故に日本語対応なのかが気になるけど。
そして髪の色以外は至って普通らしい。
そう、普通なのだ。私よりもインのことを知ってるだろう、小悪魔たちから見ても。
なのでコアもインの私生活は気になるそうだ。あまりにも普通すぎるからなにか面白いところはないかと。要はいじりネタを探しているそうで。こいつほんと悪魔だな。私が言えたことじゃないけどさ。
で、インの住んでるらしい場所に着いたわけだが。
「……本当にここなの?」
「ここですよー。私が嘘をつく理由がないじゃないですか」
せやな。せやけど。せやかてコア。
輝針城はないだろ。
逆さ城、輝針城の内部はとても美しい。
それはきらびやかでありながら、同時に教会のような厳かさを持つこの雰囲気による。金と赤を効果的に使って豪華さ、絢爛さを前に出しつつ、細やかな白と黒の装飾によりその印象を整える。一見相反しそうなその二つの要素を、日本様式の建築で上手くまとめることにより、けばけばしくなく静かで、例えるなら心地良い威圧感のようなものを見る者に与えるのだ。
ちなみに、魔法的に見た場合このままではあまりよろしくない。五行的に青が畳の端っこくらいしかなく、均衡が取れないのだ。だから普通の城は池や堀などを掘ることで青を補うのだが、逆さ城ではそれは容易には実現できない。だからかわりに窓を大きく取り、青空が見えやすいようにしているのだろう。なるほど、面白い。
そして現在私達はその城の一階……最上階? にいる。
「輝針城に居座る奴のどこが普通なのよ」
開口一番、私は突っ込んだ。
「インさんは普通ですよ。一般家屋って屋根があって、壁があって、入り口がありますよね? ほら、普通じゃないですか」
コアは何を言っているんだ、という顔でこちらを見てくる。違う、共通点を指摘しろと言ったわけではない。状況の問題だ。
輝針城だぞ。高貴な姫様が呼び出した、れっきとした空中城なんだぞ。いくら今は妖精や陰陽玉や神に天人、小人くらいしかいないほぼ無人の城だからって、いや意外と居るな、そこに我が物顔で居座るとかどんだけ図太い根性してるのよ。レミィでもそんなこと……するか。あいつならやる。
「そうね、普通じゃないわね」
「そうでしょうそうでしょう。……あれ? ま、どっちにしろネタにはなりませんよ。それなら小悪魔司書って肩書のほうが面白いです」
まあ、それは否定できない。悪魔って本来そいつの能力を欲して呼ぶものであって、誰でもいいから仕事してとかそんな雑な召喚したのは私ぐらいだろうし。今にして思えばそんなんでよく二十数名も集まったな。大図書館ネーバリマジぱねぇ。
「さて、それなら小悪魔司書さん。インはどこにいるのかしら?」
「ふーむ……ここに住んでるってことしか知らないんですよねえ。いくら私生活気になっても覗きまでするつもりはなかったですし」
悪かったな、覗きまでするような主で。あとお前も覗いてるから同罪だからな。私のお仕置きのあとで一緒に土下座させるからな。覚えとけよ。
「うーん、生命探知とかありませんか?」
「探知ねぇ……普通にやったら陰陽玉も引っかかるのよ。あれは生命エネルギーが入ってるから」
「なるほど。では、|色別識別《カラーズエンカウンター》など」
「またずいぶんとマイナーな魔法知ってるわね」
「使えないんですか?」
「ふん、私を誰だと思ってるの」
右手で魔法陣を維持しつつ、左手で識別の魔法式を編む。
透視や特殊な探知なら陰陽玉も妖精も弾いて目的の相手だけ探せるのだが、遠見中には使えない。
正確には使えるが、遠見という入り口には大きすぎて送れないといった感じだ。ボトルネックといえばわかりやすいか。媒体を間に挟めばまだマシになるのだが……まあ、しょうがないわよね。今後の改善点だわ。
ちなみにボトルシップのように中──遠見のイメージの向こうで式を組み立てる手も無くはないが、時間とコスト的に却下である。そういうのは人形遣いのやり方だ。
左手を右手に合わせ、遠見の魔法陣に識別の陣を加え入れる。これでよし。
「いつ見ても鮮やかなお手前で」
「ありがとう。あなたもやってみる?」
「遠慮しますよ、私はただの司書ですので」
魔法陣が展開され、色別識別が発動する。
といっても大した魔法じゃない。壁を貫通して狙った色だけを目に映すというなんとも使いドコロの難しい魔法だ。
よくわからない? 特定の色だけしか見れない、透視の超小型バージョンだと思えばいい。
今回はたまたま周りに銀色が無く、対象だけが銀色を持っている上で媒体無し遠見中という特殊な状況だから使った。普通は透視を使ったほうが早いので、これから魔法を学ぶ皆様は透視から始めましょう。
まあこの魔法から学びたいと思っても、今や色別識別はほぼ絶滅しているのだが。地味だし派生しづらいし、なぜか赤色にだけはどうしても使えないというバグがあるせいだ。おかげで大図書館のどの魔導書にも載ってない。載っているのは書きかけの研究書ぐらいである。
だから幻想郷らしいなと思って覚えていたのだけれど、まさか役立つとは。そして知ってるとは。そうか、腐ってもC担当だものね。colourには敏感なのかしら。
「おっ、ありましたよ銀色反応。大体八階ってとこですね。いやぁ、バレないとわかっててもドキドキします」
「そうね、一体どんなことをしてるのかしら」
「またチューしてたらどうします?」
「あなたを殴るわ」
「それは流石に横暴じゃないですか!?」
「なら訂正するわ。祈りを捧げてから殴る」
「問題は過程じゃないんですけど!」
そんな話をしつつ、視点を八階に移動させていく。
もちろん悠長に階段を探すつもりはないので、一旦外に出て外壁から登っていく。二階、四階、七階。
そして八階に移動させる。
移動する。
……あれ?
「視界が、動かなっ、何これ」
「えっ? パチュリー様、どうかされましたか」
「遠見の魔法が応答しない」
「私何もしてませんよ」
「いや、疑ってるわけじゃないけど……んん?」
疑問のままに、遠見の魔法陣に更に陣を追加する。
状態検査。いわゆる物体のステータスがわかる、外の世界で今大人気(らしい。鈴奈庵で外来本を借りるとよく出てくる)の魔法である。これを使えば、魔法陣の状態から原因がわかるはず。
しかし出てくるステータスのどこにも、エラーの原因らしいものがない。伝送情報も異常に多くはないし、視点が床にめり込んだりもしてない。全て正常値だ。
「おかしいわね。どこもおかしくない」
「となると、こっちは悪くないみたいですね。まさか、魔法がバレて向こうから……」
「いや、そんなはずはないわ。たとえ色別識別に気づいたとしても、媒体のない遠見の魔法にまで干渉するのはかなりの高等技術よ。小悪魔にできるものかしら」
「むむむぅ」
コアが珍しくうんうんと考え込み始める。本当に、本当に珍しく。というかよく考えたら一度も見たことなかったわ。小悪魔たちのことをよくわかってない私でも、この子だけは特別だと思ってたけど。まだまだ何も知らないのね、私。
それにしてもエラーねぇ。ここで実はインが普通じゃない努力などをこっそりしていて、干渉できるほどに実力をつけていた、とかいうオチだったらいいのに。それなら私も合法的に昇給できるというものだ。ずっと放ったらかしてた分ここでぐっと上げとくべきだと思う。そう、このステータスのように……
ん? なんでこの値上がってるの? ってことは。
「あれ? 絶対距離のパラメータが変えられますよ?」
「コアも気づいたのね。変ね、映像は止まったままなのに」
絶対距離とは、魔法陣とイメージを送ってくる場所の間の距離である。
ただそれだけだ。だがそれだけであるがゆえに、何か他のパラメータのせいで変わる値じゃない。つまり私達側からは止まっているように見えるが、向こうではちゃんとイメージを送る場所が動いているということ。一体どういうことなの?
「あれー……? あ、映像動いた。なっ!? だ、誰もいません! 八階どころか、輝針城内部に銀色無し! 逃げられました!」
「陣に異常なし……なら、魔力の流れが途中で阻害を……いや、私達そのものが……」
「パチュリー様!? だめだ、聞いちゃいないよこの人! とりあえず遠見は中止しますからね! いいですか!」
思考を思考の渦にまた沈め、理由を探る。
魔法使いは魔法を使うことは本業ではない。魔法を使って起きる現象を研究すること、それこそが至上の喜びにして本業なのだ。だからこうして未知の出来事が起きたら、研究せずにはいられない。
考えろ。考えろ。
遠見が止まった理由、それでも陣が動いていた謎。
すぐそこに答えはあるはずだ。
「……」
「……無言はイエスにしときますね! はい中止!」
コアに気付かれないよう、机の下にまわした左手で小さな魔法式を編む。しかし機能はそのままに、高速に。
そして出来た魔法陣を叩きこむ。
自分に。
「ふっ!」
「へ!? 何やって、ふわっ!」
間髪入れず、遠見を中止し終わったコアにも。
「な、ななな! 私じゃないですって! そりゃ最近の事件ログを見ても私が怪しいのは確かですけど! パチュリー様に新しいお菓子として生わさびクッキー出したのはちゃんと謝ったじゃないですか! まさか次のお菓子のことバレたんですか!? 違いますよ次のはれっきとしたハバ」
「静かにしてなさい。別に攻撃魔法じゃないから」
「え!? あ、本当だ」
床にしりもちをついたコアの横に、パラメータが表示される。そして私の分も。
そう、さっきと同じ状態検査の魔法だ。陣のどこにも異常がないなら、異常は私達にあるのではないか。そう思ったまでである。事前相談? 本当に私達が異常だったら、そんな悠長にしている暇はない。だからこれは必要経費というやつだ。
「ごめんなさいね。私達が魔法にかかってるんじゃないかと思って。驚いたでしょ、大丈夫?」
まあ、ちゃんと謝るけど。いくら使役する小悪魔といっても、いきなり魔法当てるのは褒められたことじゃないからね。ほんとに悪かった。ところでハバって何だ。後で問い詰めよう。
差し出した手を、コアはちゃんと取ってくれた。ああ、良かった。許してくれたようだ。
「は、はい問題ないです、ありがとうございます」
「そう、良かった。……うん、パラメータも問題ないみたいね」
会話を交わしつつ、パラメータを読んでみる。
……ここも異常無し。もちろん私の方も無しだ。となるといよいよ迷宮入りか?
いやいや、そう決めつけるのは早計だ。魔法使いの、いや魔女の意地にかけて、この謎を解いてみせる。まだ手がかりは残っているし。
「えー……と、私達も陣も異常なしですか。なら、やはり向こうで何かがあったということですかね」
「そういうことになるわね。コア、仕事を頼みたいんだけど」
「!! 何でしょうか!」
コアが輝いた目で、鼻息荒くこちらを見てくる。近い近い。当たってる、胸板当たってるから。
「いやそんなに食いつかなくても。輝針城を見てきて頂戴、奇妙な魔力とかあったらすぐに報告すること。できればサンプルも取ってきて。いい?」
私が用件を言い終わると、震えながら口を閉じ、何かに耐えるかのように下を向いて、そこから天高く右手を突き上げ破顔する。何やってんだこいつは。
「がってんしょうちぃぃ! で、その間パチュリー様は何やるんですか?」
「無いとは思うけど……インに接触してみるわ。もしも、もしもだけど原因かもしれないし。一応用心として、ディゾルブスペルでも纏って会ってみる」
「わかりました! ……えぇ!? 危険ですよ!」
コアがかつてないほど動揺する。あれ、あなたインは普通の子って言わなかったっけ。普通なら別に接触しても問題ないわよね?
「どうしたのよそんな慌てて」
「い、いやディゾルブスペルですよ!? それを自分にかけるんですか!?」
「? そうだけど……あ、久しぶりに発動するからって勝手を忘れてると思ってるの? そんなわけないじゃない。私は大魔導師なんでしょ?」
「そうですけど、そうじゃなくて!」
焦るコアの後ろで、きい、とドアを開く音がした。
──おはようございまーす……
一緒に、小さく聞こえる朝の挨拶。あれ、もしかして?
「ねえコア、この声って」
「まずっ、インさんです! 遠見の魔法陣消さないと!」
コアが机に飛びつき、隠匿魔法を唱える。普段の様子からは予想もつかない、正確で高速の詠唱だ。やっぱりこの子、優秀ではあるのよね。
っとと、見ている場合じゃない。インが来てしまったのだ。早いとこディゾルブスペルを発動しておかないと。怪しまれる前に準備は済ませておきたい。
それにしても、コアもディゾルブスペルであんなに慌てなくても。
まあ、私のディゾルブスペルは幻想郷で流通してるレッドカードじゃなくて、あらゆる魔法に対応する本物のアンチマジックだからね。それを纏うって前例が無いし、そもそも失敗したらちょっと命が危ない上級魔法だけど、今更私が失敗するわけないじゃない。
ほら、出来た。あとはこれの効果先を私に指定するだけよ。はい、これでおっけー。
あ、もしかしてディゾルブスペルで私の魔法の素質とかも
消えると心配してたのかしら? だとしたらちゃんと言っておかないとね。
ディゾルブスペルはあくまで魔法を打ち消すものだって。まったく、コアもおっちょこちょいなと
ころがある
のね
あれ
体が、力が
入らな
「──アスタリシュ! よし!
ってパチュリー様!? あああ! ディゾルブスペル使ったんですね! だから止めたのに! 普段の運動不足を補ってる魔法、全部打ち消したらそりゃそうなりますよ!
ああ〜もう、ごめんゼン君! やっぱ手伝って! あ、インちゃん……は図書館の留守番をお願い! ああもう、発作も起きちゃってますし! ほんと、パチュリー様は変なとこだけおっちょこちょいなんですから!」