一行目からネガティブな話は流行らない。当然の原理だ。人は最初の1行目でその話が面白いかどうかを判断する。ネガティブから始まる話は結婚出来ない三十路のババアみたいなものだ。おっと、それは行き遅れか。
 しかし、しかし。そんな打算的な考えよりも感情が打ち勝つのが幻想郷の主なルール。押すなよと言われたらたとえ相手がどんなに崖っぷちでも押しとばす。それが礼儀ってものだ。私はそんな言い訳を垂れ流す頭を畳に投げ出し、汗だくの四肢に夏休みを与え、代わりに口を働かせた。
 「クソ暑いぃぃ……」
 仕事した舌が奏でる夏への熱烈ラブコール。これに免じてもう少し涼しくなってくれてもいいのよ。
 だが夏は律儀にも私の愛の告白を大歓迎したようで。返す言葉を太陽光線に込めて熱く私に語りかける。俺に触れたら火傷するぜ。知ってる。
 「純和風の城だというのに、風通しは平安時代の寝殿造クラスだというのに。どういうことだ?夕日が綺麗だから夏がパルスィしてるの?」
 「ああ、ダメだ。正邪が完全に言語機能いっちゃったよ。」
 凄いバカにされた気がする。今口を開いた吸血鬼、フランドール・スカーレットは、ただいま絶賛私の看病中だ。普段の私ならたとえ今フランドールがこうして甲斐甲斐しく看病をしていたとしても、気の利いた冗苦の一つばかり引き渡すだろう。だが、今はそれに言い返すために言葉を理解するのがもうめんどくさい。さながら声は覚えたての言語のごとく右から右へ帰っていく。お帰り下さいませ、ご主人様。あちらのお出口へどうぞ。
 そんな思考を、近くの柱に立つ妖怪が遮る。
 「前からよ。それに気を使うのは日本語を使えなくなった頃でいいわ。」
 「おっと聞き捨てならないな。それ以上言ったらお前の首をデストロイ」
 「今だ!気を使う!」
 むくりと起き上がる私を帽子妖怪が押し倒す。そう、ここにいるのはフランドールだけではない。地底の薔薇、古明地こいしとフライング不明物体、封獣ぬえも一緒だ。ちなみに看病しているのはフランドールと古明地だけである。封獣?余裕そうに腕組んで柱に凭れてるよ。許せぬ。
 「ほらほら、あなたにとって気を使われるのは最大の屈辱でしょう。起きたらさらに使うから大人しく寝てなさい。」
 「くをを、私はこんなとこで倒れてるわけにはいかんのだ。今も悲痛な弱者の声が頭にこびりついて離れはしない」
 「夏バテの割によく喋るねえ」
 その通り。いつもの通りに反逆の期をうかがうために敵情視察をしていたら、私は突然倒れたらしい。それをたまたま通りがかった封獣が捕獲してこの城、輝針城まで連れてきたとか。だったら医者に連れていってくれればよかったものを。そう言うと封獣は「死に場所はここで十分だろう」と言った。鬼か。悪魔か。しかし鵺だ。
 そんなトラツグミを見て面白そうと付いてきたのが私の看病をしている本物の悪魔とある意味本物の悪魔である。あれ?悪魔しかいないぞ。ここはどこの伏魔殿?そしてなんで誰も医者に見せないの?
 「離せ古明地、私は行かねばならぬ。必ずあの邪智暴虐の王を除かねばならぬと決意した」
 「あなたには何が見えてるのさ。この城は王も妃もいないでしょうが」
 「正邪ちゃんならむしろその王になりそうだよね。……はっ!そんな、正邪ちゃんは殺せないよ!」
 「……もう、いっその事一回死なした方がいいんじゃない?」
 口々に言いたいことを言う三人。貴様ら、体が動いたら覚えとけよ。
 「生憎幾度となく死にかけてるからな。これ以上は体に障る」
 「下手すればここで一線超えるわよ。ぬえの言う通り大人しく寝てなさいってのに」
 「残念だったな。私を寝かしたいなら饅頭の皮でも持ってくることだ」
 「いったいどんな悲劇的食生活送ったの、正邪ちゃん」
 おや、封獣の視線に哀れみが混じった。なんでや、饅頭の皮美味しいやろ。つぴーって剥がして食べたらぴとって口の中に張り付くんだぞ。可愛いもんだろうが。
 「じゃあこの御見舞の饅頭は皮だけ渡すね。あまりはみんなで食べよう」
 「おっと、一体その雑誌大サイズの箱がどこから出たのか聞きたいが、それよりそれは見逃せんな」
 「えー?聞こえないなあ?正邪は皮が食べたいって言ったもんねえ?」
 ニヤニヤ。悪魔の面した悪魔がこっちを見る。うっわぁ、悪い顔。角度も含めて全てがムカつく。殴りたい。
 「そんなこと言った覚えはないぜ。だから一つください」
 けど逆らいません。食うまでは。
 「……食物に関しては素直なのよねえ。」
 封獣が余計なことを言う。素直にもなるだろう。十日間あれば人は変われるのだ。つまり一つください。
 「いいわよ。っと、はい。ただしそれ食べたらさっさと寝なさいよ。」
 「ふっ、天下の天邪鬼がその程度で寝ると思うか?」
 そう言いながら渡された饅頭にかぶりつく。
 ……これは、また。紅魔の菓子といい勝負じゃないか。洋と和でタイプが違うのはわかっているが、スイーツに自信を持ってる悪魔のメイド長とかが食べたら嫉妬するんじゃないか、こんなの。舌の上にあんこ特有のしつこい甘味が残ることなく、サラリとほどけて寂しささえ感じさせる。その寂しさのあまりもう一度かぶりついた時、あんこだけじゃなく、饅頭の生地の甘味に気がつくのだ。それがあんこと渾然一体となる瞬間、私は月にも昇るような快感を……
 おっととと、危ない。天邪鬼としての私を見失うところだった。なんだこの饅頭は。妖怪のアイデンティティを脅かすほどの危険なアイテムだ。これは売っている場所を聞かねばならない。決してまた食べたいからではなく、第二第三の私を生まないためにももう一度食べて対策を考えないと。うん。
 「……この饅頭、どこで売ってるんだ?」
 「素直に美味しいっていえばいいのに。ねえ、ぬえちゃん」
 見ると、封獣はいつの間にか饅頭を頬張っていた。私がトランスしている間に封獣も受け取っていたらしい。
 「そうだな。この甘味はなかなかやる甘味だな」
 (似たもの同士だね)
 (まったくだね、フランちゃん)