……それで、あなたに聞きたいのはここからなの。あとからコアに聞いた話じゃ、貴女って輝針城に住んでるらしいじゃない。それなら普段の輝針城も知ってるわよね。だからその目線で聞きたいのだけれど、輝針城になにか普段と変わった様子はあったかしら? 魔法に関してなくてもいいわよ。些細なことでも構わないから、教えてちょうだい』

 よし。落ち着いた。

「……たわ。……の、ラストス……」
「ええ……きる、明日も……」
「……い…何やって……」
「うげっ! なん……ああ、門番は……」
 
 一段落した脳内で、外の声が処理される。心に余裕ができた証拠ね。最初の満足げな声がフランで、次の力強さを感じるほうが美鈴かな。まだ生きてるみたいで良かった良かった。六割くらい竹林医者行きだと思ってたわ。
 ……じゃあ、残り誰。聞き耳。

「……で、それ何だ」
「なあんで泥棒に教えなきゃなんないんですか」
「主に言いつけるぞ」
「ふふふ。言ってみてくださいよ魔理沙さん。私と貴方、どっちが信頼されているか分かるでしょう」
「おお、そうだな。じゃあ無い事多めで報告してくるよ」

 なんだ、泥棒とコアか。何してるのかしら。っていうか帰ってるなら言いなさいよ、コア。わりとわくわくしながら検査結果待ってるのよ、私。暇だもん。

「パチュリー様があんなに弱ってるのなんてレアなんで、記録映像を撮っておりまして」

 そら言えないわ。
 じゃないが。止めろよ、始末に困るだろう。自分で持ってたらナルシストみたいだし、他人に持たせても関係性を疑われる。盗撮なんて誰も得しないぞ。あ、でも外から見たディゾルブスペルがどんなものなのかちょっと気になるな。一回見て永遠に破棄したい。

「なんだ? 急に素直になるじゃないか」
「自己分析はしっかりしてますので。とにかく、これであなたも共犯者です。仲良くしましょ」
「強弁だな」

 がさがさ、と草をかき分ける音が二つになる。おい、泥棒。ナチュラルに加わるな泥棒。今度から強盗って呼ぶぞ泥棒。

「よっと」
「うわわっ!? ちょっ、何するんですか!」
「共犯者なら好都合だ。気兼ねなくお見舞いできるぜ」
「一人で行けばいいでしょ! 私を箒に引っ掛ける必要がどこにあるんですか!」
「残念だが、見舞いの品は持ち歩かないタイプでな。犯人一人差し出せば手打ちにはなるだろう」
「裏切り者!」
「冤罪だぜ、まだ騙し終わってない。パチュリーに会うまで静かにしてくれ」
「鬼! 悪魔! 地底がお似合い!」

 あ、違うな捕まえてくれたんだな。やるじゃないか魔泥棒。もう二つ功績上げてくれたら魔理沙泥棒まで昇格するわよ。本を返さない限り泥棒はつけ続ける。

「そんなに騒ぐなら飛んで逃げればいいだろ? 捕まえなおすけどさ」
「今は飛べないんですよ! だって……」

 ぎゃあぎゃあと喚く一人の声が、紅魔館の中へと消えていく。伊達に毎回大騒ぎが起きてるわけではないのだ。いくつかの部屋の防音対策はばっちりである。大騒ぎは抑制しつつ、けれど危機的状況は察することができる程度の防音魔法。さすが過去の私。

「……だって、ついさっきまでパチュリー様を運んでたんですから」

 あ、うん。それはごめん。てっきり咲夜が運んだと思ってた。コア、おまいだったのか。クッキー、二人分焼くか。

 ……防音対策は……?

「ほー、なるほど。だんだん読めてきたぜ。面白くなってきた」
「ふん、余裕ですね。私が箒にかかってるってことは、逃げる手が一つ潰れてるってことですよ」
「一つ潰れたが、一つ出来たからトントンだ。いざってときは頼むぜ、盾」
 
 あ……いや、もしかして?

「犯人なのか人質なのか」
「供犯者だな」
「どっちにしろ供え物扱いですか」
「お前達にとっちゃ主は神みたいなもんだろう。つまりいつもと変わらん」

 ああ、やっぱり。これ、ただ聞き耳立ててたんじゃない。癖で無意識に聞き耳魔法を発動してた。そりゃ壁も防音も関係ないわ。
 そして魔法が使えるということは、ディゾルブスペルが解けているということで。意外と早かったわね。三日くらいは余裕で保ってしまうと思ってたんだけどな。私も勘が鈍ったか。

「急に丘を登ってる気分になってきました」
「十字架に掛ける手間が省けたな。神話も省エネの時代か」
『お前も省エネにしてやろうか』
「そいつは困る。私はいつでも全力でいたい……って」
「パチュリー様!?」

 というわけで、媒体飛ばして相互通信魔法。さっき汗をかいてたのは事実なので、汗臭いままに応対するのはちょっと不味い。先に話をつけよう。

「ど、どうされたんですか!? お体の方はご無事で、それにどうして使い魔が、もしかして魔法が!?」
『私は無事よ。だからちょっと落ち着きなさい』
「よっ、パチュリー。元気か?」
『それが本を盗りにきた人間の態度?』
「うーん、こりゃ相当活きが良いみたいだな。安心したぜ」
『否定しなさいよ』

 欠片も自分の所業を悪びれないブロンドの少女。今更だが彼女の名前は霧雨魔理沙。人間のまま魔法を弄り続けている変人だ。自分一人では限界があるからと、うちの図書館からよく勝手に本を借りていく。ちなみに、基本返ってこない。

「……落ち着きました。ええと、パチュリー様の魔法はもう復活なされたということでよろしいですか?」
『そうみたいね。こんなに早く戻るのは予想外だったけど』
「なんだ。弱った姿が見れなくて残念だぜ」
『お生憎様。……どうしてもって言うなら、そこの小悪魔に頼めば見せてくれるんじゃないかしら。ねえ、コア』
「パチュリー様復活万歳! お祝いは何がよろしいでしょうか、快眠のお香とかどうでしょう!」

 そのはしゃぎ様は本物なのか誤魔化しなのか分からない。ただ、貰えるなら不眠のお香のほうがいいわね。そうすれば魔法の研究時間が伸びるから。作ったほうが安上がりだけど、こういうのは貰うのが嬉しいのだ。

「不眠がいいわ。あなたにも使えるし」

 それはそうとお仕置き準備。

「発想が悪魔!」
「ありゃ、バレてるのか。説明が省けて丁度いい」
『……まあ、私としても都合がいいわ。今から身体拭くから、その後にそれは引き取るわね。それまで悪いけど待っててちょうだい』
「どこで?」
『今私が居るのは……』

 使い魔二体目召喚。
 窓から外へ突貫。
 私の部屋を大きく俯瞰。

『…………西階段を上がって三階左手の部屋ね。で、その近くにバルコニー付きのラウンジがあるから。そこで待ってて』
「ラウンジって何だ?」
『休憩室よ。談話室って言ったほうがいいかしら』
「ああ、あれか。助かるぜ。よーし、小悪魔! 西階段まで案内してくれ!」
「およよ……まさか泥棒に道を教える羽目になるなんて……」
『逃しちゃ駄目よ、コア』
「わかってるって。それより、分かってるよな」
『ええ。見舞いの品だから、別に返礼なんていらないわよね』
「……二冊」
「零冊」コンコン
「冷徹!」

 当たり前だろ。むしろマイナス一冊とか言って魔導書を押収しないだけ良心的だ。例えそれでも一冊で済ませるのだから、十八冊借りられてる私の心は慈悲で満ち溢れている。こいつに分けてあげたい。

『っと。イン、少し待ちなさい」

 危うくノックの音を聞きそびれるところだった。心配しつつもタオルを取りに行ってたのに、戻ってみたら主は泥棒とずっと仲良く喋ってました、では印象が悪いだろうし。とりあえず迎え入れなきゃ。

「タオルが届いたわね。じゃあ、また後で」
『ちぇ。またな』
『体にお気をつけて……あ、魔理沙さん、そこを引き返して右です』
『そっちは出口なんだが』

 通信を切り、起動中の魔法を全て終了する。隠匿もかけようかと思ったが、あんまり隠しすぎても逆に怪しいのでこのままで。そしてドアに向けて一言。どうぞ。

「お待たせしました」
「悪いわね、助かったわ」
「いえ、これくらいはさせ

 やって来たのは、四、五枚のタオル、一枚のバスタオル、一式の私の着替えを持ったイン。そしてお湯の入った桶を抱える妖精メイドがニ人。
 うん、妖精メイドの正しい使い方だ。物を運ぶといった単純作業では、彼女たちの数が無類の強さを誇る。手が足りないならどんどん頼るのが良い。いや、そもそも倒れた客人の看病ってメイドの仕事だけど。

 …………っ。今回だけですよ」
「もちろんそのつもりよ。拭いてもらうのは咲夜に頼む……頼もうと思ってたんだけど」

 三人が持ってきた清拭セットを使い魔の上に載せ、ベッドサイドテーブルの上に並べる。身体強化で取りに行く手もあったけれど、説教フリーパスは勘弁。

「ああー、わたしの仕事がとんでくー」
「追いかけないの。あれで良いのよ」

 ところで、あの妖精メイド二人の掛け合いいいな。上下関係を保ちつつも気軽に感じる。ちょっと理想かもしれない。頭にメモメモ。

「まあ、この通り魔法が使えるようになったから。もう大丈夫、下がっていいわよ」
「……わかりました。おめでとうございます」
「おめでとーございます!」
「えっ、あ、おめでとうございます」
「ありがとう」

 いや、本当に良かった。三日くらい魔法が無くてもいけると思ってた過去の私と反省会。その過去の私は七分ほどしか居なかったけれども。やはり私には研究と実験が呼吸より大事な気がする。言い過ぎね。栄養補給より大事だわ。
 ところで、魔法といえば何か忘――

 ……それにしても、何故ディゾルブスペルは消えたんだろう。確かに幻視で覗いたときには三日か四日は残る気がしたんだけど。ただの技術である幻視がディゾルブスペルのせいで何かしら不具合が出るわけもないし。もしかして状態検査に頼り過ぎて錆び付いたか?
 そんな筈もない。だってほら、今でもインの周りにびっしり張り付いた魔術の痕跡が見える。こんなに気づきにくいものがまだ普通に見えるなら、私の目に狂いはない。うーん? 違和感。

「それでは、皆様に快復をお伝えしてまいります。……さようなら、パチュリー様」
「ええ、行ってらっしゃい」
「お伝え! 私もやります!」
「ちょっ、先々行かないで! 失礼しました、パチュリー様!」

 考え込む私を余所目に、インが踵を返す。それについて行く二人の妖精メイド。これを期に、インと妖精メイドたちが仲良くなってくれるのではないかと少し期待しておく。あの子に関しては、どうも真面目ばかりで本心を明かさないところがあるし。こういうきっかけから変わってくれたらいいのだが。まあ、私が言うことではないけどもさ。色んな意味で。

 やがてインがドアノブに手をかける。

 その姿は、今日も変わらず普通だった。