up:: Plot
up:: Hourai_Ningyou
up:: Frandle_Scarlet
up:: Remilia_Scarlet
up:: Yuuma_Toutetsu
up:: 蓬莱人形フランドール説プロット2
down:: 蓬莱人形フランドール説第一項第二話
「チェックメイト」
67手目。白い球から指が解ける。その一マス先には、頼りなさげに十字を掲げた黒の駒がいる。逃げ場にはティアラを被った白の駒が聳え立っている。
ここは紅魔館。窓一つない地下室だ。悲鳴程度ならどこにも届かないこの密室で、二人はチェス盤を挟んで向かい合っていた。一人は優雅に頬杖をつき、一人は荒々しく片膝を立てて。
「さすがに強いな」
頭の左右から巻いたヤギの角を生やした、薄青髪の少女。饕餮尤魔はいつもの調子でそう言って、くるくる回していた白の駒をこつと置いた。しかし力の加減を誤ったのか、気づけば駒は床をカラカラと転がっている。それを拾いに行く姿はまるで初心者だった。実際、そのはずだった。
「戦略系のゲームは苦手だったからね、頑張って強くなったのさ。……まさか、三十分で勝率三割まで持ってかれるとは思わなかったけど」
背中から奇妙な羽を生やした、ブロンドの少女。フランドール・スカーレットは盤上の駒を一つずつ掴み、戦局を巻き戻していく。再現したのは42手目。尤魔の手番だ。
「敗着はこれ。ルークにこだわり過ぎたわ」
「これがトラップ? じゃ、こうか」
「そうね。私がトラップを仕掛けるぶん、攻め手は緩む。ここで相手の要所を落とせばいい」
「なるほどな」
尤魔は盤面をじっと見つめながら、側の紅茶に手を伸ばした。しかし傾けたカップには無い。ポットにもない。ついでにフランドールのカップも空っぽだった。
「――あら、夢中になりすぎたね。お茶を淹れてくるよ」
「ん。……ん? メイドに頼まないのか?」
「この部屋は遠いし、音が通らないからね。呼ぶより自分で行ったほうが早いわ。それに、とっておきの茶葉があるのよ」
「ほう。楽しみにしてやろう」
「それがいい。じゃ、勝手にしてて」
ティーセットを載せたトレーを片手に、フランドールは部屋を出ていった。あとに残ったのは時計の音だけ。コチコチという音とともに、尤魔は手筋を三パターンほど最後まで読み切った。そして何かを確かめるように動きを止めたあと、徐ろに立ち上がった。
「……油断なのか」
壁に沿って置かれた大きめの本棚。整然と並べられたその本の波の中に、一つだけ少し飛び出ているノートが見える。ちょうど尤魔からはフランドールが衝立になって見えなかった場所だ。ノートはかなりくたびれていて、日常的に使っていたことを覗わせた。
これが尤魔でないなら、勝手に読みはしなかった……はずだ。しかし彼女は剛欲同盟長。欲を肯定する組織の長である。今日も彼女はその衝動のままにノートを手に取った。題はかすれ、かろうじて『逢』『人』などが読めるだけだった。
「それとも、罠か」
わざわざ自分を衝立にして隠すようなものだ。それにしては飛び出ていたり、自分で茶を淹れに行って席を立ったり、そもそもなんの躊躇いもなくこの部屋に他者を入れたりなど、粗が目立つ。尤魔はさっきのトラップの話を思い返した。裏表紙を見る。魔法陣が描いてある。手をかざす。
「いや」
すんでのところで、尤魔は背表紙に手をやった。これがトラップならば、自分の能力で本ごと吸収してあとから情報を取り出せばいい。だがこれほど使い込まれた本だ、無くなればすぐに気付かれる。変なところで臆病になるくらいなら、堂々と盗み読んだほうがいい。尤魔は変なところで冷静だった。表紙を開く。
一ページ目はリストだった。文献がタイトルと所在地を併記してずらりと並べられている。その殆どは大図書館を指し示しているものの、いくつかはこの部屋にもあった。文献を探し当て、序論を読む。
「『惚れ薬の調合ワンポイント』……」
見なければよかった。
そう、心から思った。
だが見てしまった。知識を吸収してしまった。ならばもう、その言葉は頭から離れない。そして現状と結びつく。一人で淹れに行った紅茶。一度目はメイドに任せ、二度目を自分でやる違和感。音の通らない部屋。とっておきの茶葉。逢と人。
「……まさかな」
隙を見てカップを入れ替えよう。尤魔はそう心に決めながら文献を戻し、次の文献を取り出す。
『霊力と魔力の対関係』
真面目だった。とてつもなく。
だがタイトルだけが真面目なのかもしれない。ぱらぱらとめくり中を見る。使われている単語はところどころ専門的で、どちらかといえば近代化が進む畜生界で暮らす尤魔には読めない。
結論に関しても『霊力αの持つ性質を利用したαと特定の力xとの限定的相互解釈』と、何を意味しているか分からなかった。文献を戻し、今度はノートを読み進めてみる。
『人形劇「蓬莱人形」についての考察と意図』
何故だか、全身に針が刺さったような感覚がした。
ページをめくる。
『人形遣いアリス・マーガトロイドが第百十七季に発表した、幻の一本。この季以外に上演された事はない。
普段のアリスの人形劇は祭りの相伴での上演が多いため、それに合わせ派手でどこか爽やかな喜劇だ。
一方「蓬莱人形」は七人の人間が為す術なく妖怪に食われていく様子を描いた、文句無しの悲劇である』
つらつらと説明が続く。これは妖怪向けの人形劇。妖怪の依頼で作られた。目的は人間の襲い方の保存。どうでもいい所を読み飛ばし、先へ先へとページをめくる。
薬、対関係、蓬莱人形。関係の見えないこれらが、何故一つのノートにまとめられているのか? あの脳筋同業者達ならいざ知らず、フランドールの部屋にあったノートだ。どこかが一つで繋がっている。尤魔は確信を持った。指先がすっと冷たくなった気がした。
めくる。めくる。人形の構造。新聞の切り抜き。
めくる。めくる。幻想郷の古株の住所。フォーオブアカインド。
止まる。
『ボクら正直村は元々八人だけだったのだ。
いつの間にか日本の山奥に引っ越すことが決まってから、二年が経とうとしていた。正直退屈な毎日だった。
ある日、ボクらの中で最も好奇心の強い彼が、桃の木の脇に小さな穴を見つけた。彼はボクらを集めると、一緒に潜ろうと誘ってきたのだ』
踊るような、たおやかな、手を伸ばすような。
まるで別人のものになったその筆致を、気づけば指がなぞっていた。
『それからボクらは、この幻想郷に迷い込んだ』