鬼人正邪が死にそうな顔で柱を運んでいる頃の、紅魔館周辺、霧の湖。
そこでは二人の妖精が鬼ごっこをして遊んでいた。
片方は氷精チルノ。もう片方は大妖精と呼ばれている。その二人が遊んでいる姿は、傍から見れば微笑ましく映るだろう。
ただしその鬼ごっこは、テレポートあり、アイスバリアあり、もちろん弾幕(ルナティック)ありのルールだ。常人にはその鬼ごっこは眺めることすら難しかった。
「てぇい!どうだ大ちゃん!見えないところへはテレポートできまい!」
「甘いね、チルノ!氷の薄いところを突き破れば……見えた!テレポート!」
「なぬーっ!私の応用アイスバリアが破られたーっ!?」
しかし二人は、まるでただの鬼ごっこをしているかのように、きゃっきゃと笑いながら追いかけあっている。見たところ、鬼は大妖精の方らしい。
「くーっ、やっぱり強いね!それでこそ私の一週間ライバル!」
「くくっ。でもさっきのは結構危なかったよ、まさか私を氷で包むなんて……って、一週間ライバルっ!?」
「今週中に勝ってやるんだー!」
そう意気込んで、チルノは大妖精に体当たりをしかける。弾幕をばらまきつつ、右に左に振れながらの、読みづらい軌道からの体当たり。
弾幕ごっこなら、対処が厄介な技だろう。撃とうとすれば弾に当たる。パターンが無いから対策も立てられない。
「おいおいチルノ、ネタ切れ?触られたらダメなのに突っ込んできたら意味無いじゃない。」
けどこれは鬼ごっこだ。鬼が相手に触れれば勝ち。そこで体当たりは下策だろう。
やっぱりまだまだかな、という顔で大妖精がチルノの腕に掴みかかり――
「させるかぁーっ!」
「なっ!?」
――掴めない。掴もうとした大妖精の腕は、それを受け流すように置かれたアイスバリアの上を滑っていく。
「くっ……!なんて無茶を!」
「これぐらいしないと、本気の大ちゃんに勝てない!」
そう見栄を切ったチルノは、懐からスペルカードを取り出した。決めるつもりだ。
バランスを崩した大妖精には、大きな隙が生まれている。スペルカードを撃ち込むには絶好のチャンスだ。
(ちぃっ、さっき使ったからすぐにはテレポートが出せない!チルノの奴、これを狙って……!?)
大妖精はチルノを見る。
チルノの顔には笑みがこぼれていた。屈託のない満面の笑みを友達へと向け、チルノは高らかに言い放つ。
「これで最後だ!!対妖精用!『パーフェクトフリーーーズ』ッ!」
「お、おおおお!」
チルノのスペルカード宣言とともに、あらゆるものが凍っていく。
周りの空気、目下の湖、その中にいたわかさぎ姫。そこに例外は存在しなかった。湖畔の木々でさえ、その姿を白銀へと変える。
大妖精の手足が凍っていく。あと数秒すればテレポートは使えるだろうが、無駄だ。この全方位攻撃の射程は恐らく、大妖精のテレポートの最大距離より長いだろう。
逃げ場は、どこにも無かった。
(……完敗ね。『私を動けなくすれば勝ち』。我ながら不可能な条件だと思ったのに、こうもあっさり……)
大妖精が目を閉じる。目を凍らせられてはたまらない。できれば痛みを感じずに、一回休みたい。そう思ったのだろう。ゆっくりとまぶたを下ろし――
――下ろしきる直前に、目の端に凍りゆく紅魔館が映った。
「ちょっ!ストップ!チルノ!紅魔館凍ってる!凍ってるから!」
目を見開き、友人を止める。しかしチルノは止まらない。
彼女自身も凍ってしまったからだ。
「うおおおおおお!」
しかし彼女は妖精だった。自らが凍ってしまったことにも気づかず、冷気を発し続ける。
「オイィィ!湖を死の世界に変えるつもりかァァ!止めろ!止めろォォォォ!」
大妖精の必死の叫びも虚しく、紅魔館は氷で包まれていく。それだけではない。
冷気はすでに湖の表面の全てを凍らせていた。しかしガタピシと氷の鳴く声は止まない。
おそらくその氷の下――水の中までも凍らせているのだろう。このままでは、全ての水が凍り、湖の生物は全滅する!
……だが、大妖精も意識を手放しつつあった。そろそろ手足の感覚が消える頃だろう。あと少しすれば一回休みだ。
(……けど!今止めないと、湖が永遠に凍りついちゃう!何か……何か打つ手は!?)
大妖精は辺りを必死で見回した。そして見つける。
彼女の視線の先には、すっぽりと紅魔館を包む氷があった。
その氷の下の方が、溶けてくびれている。
それが何を示すか――!
「……そうか!一か八か、それなら……!」
大妖精は力を振り絞り、チルノの入った氷を抱きかかえた。
あまりに冷たく、そして痛い。あと叫び声がうるさい。それでも彼女は、その氷を手放さなかった。
大妖精としてではなく、一人の友人としてチルノを助けるため、――彼女は、ありったけの声で叫んだ。
「テレポートっ!行き先……紅魔館地下!」
そして、冷気の暴力は止んだ。