世界で最も騒がしい秋が終わり、そろそろ目に映る景色から紅色が消えていく今日この頃。
 通り過ぎた寺子屋では子供たちが雪の降るのを心待ちにして窓の外を眺め、商店街ではみかんが飛ぶように売れていた。本当、まるで何も無かったみたいに復興するもんだな。
 今私がいるこの森も、冬を目の前にして落ち葉のカーペットが敷かれ、幻想的な世界を作り出していた。何千年と繰り返されたであろうその営みは、人々の心に癒しを与えるには十分だろう。
 ちなみに私も季節の移り変わりには心動かされるところがあるが、それは四季の流れに逆らえない私への不甲斐なさからくる怒りとかそういう系だ。全く違う。今は心動かすよりも優先することがあるしな。
 考えると同時に、足を動かす。加速。加速。
 「ぜーっ!ぜーっ!」
 幻想郷。正式な広さもわからないこの世界の、正確な広さを持ったその森の中。
 一般に魔法の森と呼ばれているその森は、あまりに濃く立ち込める魔力と瘴気により、植物以外の生物が極端に少ない。別名『静寂の森』なんて呼ばれている程だ。
 「ぜーっ、はーっ、くそっ!」
 そんな森の渾名に挑戦するかのごとく、叫びながら走っていく天邪鬼が一匹。
 私だ。鬼人正邪だ。いや、挑戦する気とか微塵もないけど。毎度おなじみ自己紹介は今日は省略。というか今はそれどころじゃない。
 今の時刻は辰の四ツ。午後の少し後を昼下がりと言うなら、さしづめ朝上がりといったところだろうか。ぶっちゃけると十時前だけど、巳とか丑とかの方が馴染み深いから仕方ない。
 違う違う、そんなことはどうでもいい。関係はあるけどどうでもいい。私が何故走っているかだ。
 まぁ、答えは簡単なんだがな。一週間に三、四回開かれる『クレイジーカルテット定例会』が十時スタートだったというだけの話である。
 そう、寝坊だ。
 「はっ!よっ!ちぃぃ!」
 そこらの木を蹴って加速。私しか知らないその加速ルートには、くっきりと足跡が残っている。使い過ぎたか。
 え?天邪鬼が寝坊なんて気にするのかって?うん、気にする。というか正確には、その後を気にする。
 というのも、前回ぬえを助け出して堂々ライバル宣言されてから、ぬえの様子があからさまにおかしいのだ。具体的には、こうやって遅刻したら、遅刻を理由に弾幕勝負(ガチ)を挑んでくるくらい。場合によってはタッグバトルに発展したりするからまたタチが悪い。
 助ける前はそんな些細なことでは勝負なんてしなかったんだが。一体私は何を間違えたのやら。そのかわり時折の暗殺は無くなった。でもどちらかというと、暗殺を防ぐ方が疲れなくて良かったんだが。
 「っし!見えた!」
 眼前の林の向こうに、いつもの湖が見える。あと一つ茂みを抜ければすぐに着くだろう。
 とにかく、毎回定例会の度に大妖怪とガチ勝負とか体が持たない。なのでなんとしても遅刻しないよう、こうして無茶に森を突っ切っているのだ。
 え?早く起きればいいじゃんだって?逆に考えろ。早めについたら空いた時間の間、何されるか分かったもんじゃねーぞ。こいしがいるならまだしも。
 違う違う。なんで私がこいし頼りにしてるみたいになってんだ。私とあいつはただの……
 そんなことを考えて、頭を振ったのが間違いだった。
 
 
 瞬間、湖に鈍い音が響いた。視界が白に染まる。
 
 
 「……!?」
 バランスを崩した体が、硬い地面へと墜落していく。まるで一秒が十秒にでも変わったかのように、ゆっくりと。
 「なっ……?」
 一瞬、森を抜けたときの光に目を焼かれでもしたかと思ったが、遅れてきた額の痛みがそれを否定する。明滅する視界とは裏腹に、冷静な頭で考えた。
 鈍い音、額の痛み……ああ、そうか、森を出た瞬間に誰かとぶつかったのか。私も流石に咄嗟には対応出来ないわ。
 長い一瞬の後で、体を削りながら地面に胴体着陸。思ったよりも痛みを感じないという事実が、相対的に私のダメージが思っているよりも大きいという事を示していた。いかん、今にも気を失いそうだ。
 けれど、力を振り絞って首をぶつかった方へと回す。もちろん謝るためではない。誰とぶつかったかを確認するためだ。あとで慰謝料でもむしり取れれば御の字だぜ。
 しかしどうやら向こうも同じ考えだったらしく、首がこちらに向いていた。まずい、私の方が請求されてしまうか?
 けれどこれはこれで好都合だ。顔の特徴がわかるからな。ふむふむ、銀髪にジャケット、赤目の女で片翼……やばい、意識飛んできた。
 ところが彼女は私の顔を見た瞬間、驚愕の表情に変わった。口が僅かに動く。
 
 「ど…うし……て」
 
 ……ん?その声は……
 
 
 それを最後に、私の意識は途絶えた。