「……旨ェ」
 「涙を流しながら食べないで、汚らしい」
 天邪鬼を殴りたくなったが、食事時なので我慢。
 
 
 草の根妖怪ネットワーク。単独妖怪御用達のコミュニティの一つだな。
 他にもいくつか似たようなコミュは存在したが、輝針異変以降この一つにほぼ統合されたんだ。何処のコミュも急な力の増幅にぎゃーぎゃー騒いでた中、こいつらは真っ先に巫女に挑戦を挑んだ。それに皆惚れ込んだのさ。
 と、なぜか天邪鬼が自慢気に話していた。

 それは結果論ではないだろうか。天狗の新聞では確か、巫女が飛ぶルートがたまたまこのコミュの妖怪の住処と被っていたと報道していた。あまりの不幸に彼女等三人には同情を禁じ得ない、という締めくくりの後に、簡単なインタビューが続いていたのを覚えている。
 その内容は『勝てると思った』『誰だか知らなかった』『知られたかった』。つまりまともに挑戦していたのはただ一人だったような。ヒロイズムとしては鉄壁だが、それでいいのか単独妖怪。
 そして今日会いに来たのは、その挑戦していたただ一人、迷いの竹林のルーガルー。エプロン着込んだウェアウルフ。
 
 「さあ! たーんとおあがり! 一人暮らしだからまだまだ食材はあるわよ!」
 
 今泉影狼である。
 
 
 「美味しーい! この筍のしゃくしゃく感がたまらない! 付いてきてよかった!」
 「私の為にトリカブトの付け合わせを……! 一流! 一流のシェフだわ!」
 「ちくしょう、畜生……こんなもん、食えたもんじゃねえ。こんな、こんな……」
 またたく間に小傘、メディスン、天邪鬼陥落。今泉影狼の仕業である。
 朝にメディスンが来て、魔理沙の家に行き、人里で劇を見て。この竹林に来る頃には、すっかり太陽が登り切っていた。
 影狼に会った後は何処のご飯屋に行くべきか悩んでいたら、影狼の家がご飯屋に変貌。
 鬱蒼とした竹林に佇む古びたログハウスが、お客様のニーズにきめ細かく応える一流シェフのレストランに。
 普通に話を聞くだけのはずだった私達は、なんということでしょう、みんな仲良くテーブルを囲み、明るい家族の団欒を取り戻しました。もう暗い部屋で一人、トランプを切っていた狼の姿はどこにもありません。
 あれは何だったのだろう。まあご飯の美味しさに免じて忘れてあげましょう。
 「意外だなあ、狼って肉しか調理できないと思ってた」
 「へっへーん! 今の時代はバランスが大事なのよ。肉が調理できたら次は野菜! 強者が楽しんだら次は弱者! 右頬を打たれたら次は左頬! いつだって世界を変えるのはバランサーなんだからね!」
 最後のは解釈が別れるところだが、概ねそのとおりだ。私もバランスを取ろうとマミゾウを呼んで、結果幻想郷の歴史に多大な影響を与えている。
 幻想郷の賢者でさえ主な仕事は境界を弄ることではなく、実は人や妖怪やらの間で起きる問題の解決、軽減が多いと盗み聞いたことがある。そのまま干渉しないことが多いから気づきにくいだけだと。なるほど影狼の道理は通っているのだ。 
 じゃあ一人でトランプ切るのは何のバランスを取っていたのか気になる。おっと、忘れた忘れた。
 「ええ、確かに影狼はバランサーね。この塩加減は並大抵のことじゃ身に付かないわよ。良いお嫁さんになるわ」
 「え? そ、そうななあ。嬉しいわー、そこまで褒めてくれるなんて」
 忘れてない。私は忘れない。槍を持て。万象一切の力をここに、突き穿て我がトライデント。スペルカード、正体不明『ルーの』――
 ――三叉の槍が床に突き刺さる。
 「うわっ! 何? ああ、おかわりね。丁度良いわ、そろそろメインディッシュも出来上がる頃よ! 入れてくるわ!」
 何も言っていないが私の空の茶碗が持っていかれた。顔を上げると、こいしが私に向けて指を振っている。……はいはい、わかってるわよ。後ね、後。
 「お待たせ!」
 「待ってない」
 奥に消えた影狼が右手に茶碗、左手に盆を持って戻ってくるまで十秒くらいしか経っていない。厨房で分身でもしてるの? 
 「へいこちら、猪肉の赤ワイン煮込みにございます!」
 盆の上にあったのは、「ひゃあああ! 豪華ァーッ!」な「肉っ! 肉っ! 肉っ!」の牡丹「ふん、仕方ねえな。食べてやろう」付け合せも美味しそうだ。
 「それじゃ、いただきましょうか」
 フランドールがそう言った途端に、皆思い思いに肉へと箸を伸ばしていく。なんか復活してる天邪鬼も同じタイミングだ。いつもどおりの不機嫌そうな顔に戻っているが、目の周りは赤く腫らしている。変なところだけ詰めが甘いな。
 「んっ! 外は甘く、中はしょっぱく! 二つの味を肉の柔らかさで包んだ、素晴らしい味わいっ!」
 「こんな旨い肉は食うたことがない……いや、何十年か前に食うたことがある、ほんま旨い……」
 こいしのいつもの食レポの横で、目に涙を浮かべるメディスン。流石に落涙二人目は看過できないので、渋々ハンカチを手渡した。僅かな戸惑いの後に、おずおずと受け取られる。脅しすぎたか?
 「貴女、作られてから何年も経ってないでしょうが。にしても本当、いい味が出てるわね。このソースとか」
 「ほうほう。お客さん、いいハナしてますねえ。そうとも、何を隠そう隠し味に……」
 「すごいわね……07年のブルゴーニュワインだなんて、どこで仕入れたの?」
 影狼が言い切るよりも先に、フランドールが料理の中身を看破する。ああいうところを見ていると、なるほど吸血「鬼」とは言い得て妙だな、と思う。
 だからといって、人差し指を立てたまま冷や汗を描く彼女を助けるわけではないが。
 「せ、正解! 里のワインセラーさんとちょっと仲が良くてね。なかなかやるわね、さすがは紅魔館の吸血鬼だわ。でもそっちの付け合せは果たして分かるかし」
 「ふうん? お前、その吸血鬼サマにノビルなんざ出しといて言うのか?」
 ああいうのを見ると、ああ天邪鬼は鬼とは全く違うのだなと思う。少し野生暮らしが長かったからって、知識をひけらかして人を小馬鹿にしてあれだけ笑顔を浮かべられるなら、けして彼女を鬼とは呼べないだろう。
 だからといって、小さく肩を震わせ目に涙を浮かべる彼女を助けるわけではないが。
 「えっ、と、その、正解。まずかった、かしら? 食べられないなら大丈夫、残してもいいわよ。保存用のタッパーももらってあるからさ。後でまた加熱して食べるから」
 「はいはい! いらないなら私に頂戴! もちろんその永遠亭特製の人参もね!」
 古明地こいしは鬼である。
 流石に目頭を押さえ泣き崩れる彼女は見ていられないので、背中を羽でさすってやった。もうハンカチは無い。涙は自分で拭え。
 「大丈夫よ、意外といけるから、ノビル。だから、ね? 機嫌直して?」
 「そ、そうよ! 食べたことのない味でほんと今度から食卓に加えようかなってぐらい美味しいから!」
 フランドールとメディスンが宥めてはいるが、泣いた理由は多分そっちではない。恐らくは、そう。
 「ううぁぁぁおぉん……自分で、自分で説明したかったのぉ……」
 そんなことだろうと思った。
 「はいはい。別にもう一回説明したってみんな怒りはしないわよ」
 「同じ話をされるのって一番退屈なことだと思わねえか?」
 「あおぉぉ〜……」
 「黙ってなさい、天邪鬼」
 まったく、こいつはどうして場をひっかき乱すのか。強者相手ならともかく、竹林でひとり暮らしているだけの彼女はそんなに強くはないだろう。よもや弱いふりをしているわけもなし。
 ……まさか、泣かされた腹いせだろうか。だとしたらあまりに心が狭すぎる。
 「うっ……ぐすっ……ワインはね、この前人間の里に、短期バイトに行ったときに先輩に教えてもらってね……」
 「バイトで人間に雇われる妖怪……」
 恐れも威厳も何も無いな。けれど、人間から何か買おうと思うならよくある話だ。だからそんな目を向けないであげて、フランドール。
 「ノビルは妖怪の山に入ったときに、命を救ってもらった山姥さんから……」
 「波瀾万丈だなおい」
 「一番気になるストーリーだなあ」
 「人参は因幡てゐを逆に罠に嵌めたときの身代金で……」
 「待った」
 どういうことだ。あの幸運運びの素兎が罠に嵌まる? 何かよほど良いことがあって気が抜けていたのだろうか? でも、いつもは狡猾な悪戯兎を油断させるほどの良い事ってなんだろう。気になる。
 「……どれ聞きたい?」
 ふと見上げた彼女の顔には、涙はもう無かった。代わりに見せた、儚げな笑みと選択肢。ふむ。機嫌が戻ったならいいが、選択肢か。
 ワイン。ノビル。人参。
 まぁ、答えは決まっている。
 「ん! 出番ね!」
 メディスンが一歩を踏み出す。その隣に浮かぶ、小さな妖精からダイスを受け取る。よく見ると妖精は口元にソースが付いていた。つまみ食いしてたな。
 「は〜、おいしかった〜。ご馳走様! あれ? みんな、何してるの?」
 ダイスが跳ねる。椅子をくぐり抜ける。壁を弾く。天井を殴る。テーブルを蹴飛ばす。そして紆余曲折の果て、ポスっと小傘の頭の上に着弾した。
 「動くな」
 「えっ、え、何」
 「喚くな」
 「……!?」
 「大丈夫よー、痛いことしないからー。だからちょーっとだけ我慢してくださいねー」
 「……!……!!」
 「私の傘を意味もなくいじめないで頂戴」
 「……!」
 表情が二転三転する彼女の頭を三人でがっちり掴み、ダイス目を確認。さて、結果は。