個人ブログにも置けるだろ定期

そんな定期はない定期

実験作です。ハーメルンは数多くの装飾タグがありますが、文字を大きくしたりフォント変えるくらいしか見かけなかったので書きました。
主人公は人を食ったような性格の二条奏海で、世界観は科学の町です。

 つい先日。四番地の元締めが亡くなった。
 亡くなったというのは語弊が有る表現で、本当は失踪してずいぶん経つから、書類上で亡くなったことにしたのが実際の話らしい。

 私はそんな実際よりも、今までバレずにうまく回せていたことに感心した。何せ失踪した時期を訊いてみたら、私が二番地のトップの補佐を務め始めたころに重なるのだ。つまり私は失踪したことなど露知らず、トップの補佐をずっと務めていたということになる。馬鹿みたいだと言いたいが、どうもトップも知らなかったようだから口を噤んだ。主だけならまだしも、主従そろって馬鹿とはさすがに言えない。

 それからというもの、仕事はぐんと増えた。一から七番地まで全てで混乱が起き、あの五番地ですら混乱として扱い始めたという。トップは言った。「この状況を収められなければ、この都市は科学の町ではなくなる」と。私は言った。「いいから食器出してください。洗い物が終わりません」と。

 「二条。お前はどう見る?」「スパゲッティはアルデンテに拘らなくても美味しいですよね」「どちらでも良いと?」「洗い物で言うならカルボナーラが目立たなくて楽です」「なるほど、戦後処理が重要か。理解した」「食器持っていきますね」

 わざとらしくアクチュエータを鳴らしながら、私は食器を食洗機に安置し、開始ボタンを押した。無機質な機械音を背に、冷蔵庫からサイダーのボトルを一本取り出し、トップのお気に入りのソファーに寝転がって大きく息を吐く。ギシ、メキ、と悲鳴を上げているお気に入りは、それでも私を支えてくれる数少ない家具だ。音から目を逸らすように天井を仰ぐ。

 程なくして、窓から一羽の伝報烏が入り込む。肘掛けに止まり、私の額をカツカツ小突いてくる。何が面白いのか、と問うように嘴を摘むと、鴉は観念したのか、いつものように右足の爪をずらし、そこから端子を覗かせた。
 余った左手でそれに触れ、情報を受け取る。それが終わると、鴉は嘴を力任せに開き、僅かな隙間から小さく「ガァ」と鳴いた。何が言いたいのかと、頭から翻訳システムを引っ張り出す。「〽人工物への敬意が足りない、愚かなラのない烏に捧ぐ」と翻訳された。翻訳システムの評価を一つ下げておいた。

 指を離すと、鴉は爪を戻し、曇天の空へ飛び去っていく。次の新聞購読者の下へ飛んでいくのだ。音も、色も、匂いも濁さず去る姿を適当に見送って、私は目を閉じた。受け取ったデータを見出しだけ読み上げていく。
 「五番地が勢力拡大か 四番地に発明品散見」
 「食い意地、保守に勝る 一番地で料理店増加中」
 「混乱に乗じる? 新たに八番地制定の噂」
 「コラム:エレベータで老人と二時間語り合った話」

 「三つ目を頼む」

 トップは言った。

「了解しました」

 内容を見て、要約していく。

 禁足の地、六番地の神域。その中から男女が一組現れた。すわ楽園の遣いかと噂になるも、神域を管理する宗教団体「艇教」はこれを否定。取り調べの結果、男性は身元が判明した。女性は未だ不明。
 独占取材により、女性はこの都市に住み込むことがわかった。また、彼女が行動するたび、その独特のカリスマにより、急速にシンパを増やしている。そのシンパたちが彼女のための番地を作ろうとしている。女性は一言、「必要ない」とのこと。

 その記事を聞いて、トップは何を考えたのだろう。私に命令を下すと言い出した。喋り通して乾いた口をサイダーで癒し、私は伝える。私にとって、命令とは行動の言い訳だ。私もやりたい事でないと動かないぞ。お前は本当にアンドロイドらしくないな。誉め言葉ですか。受け取り方次第だ。なら喜んでおきます。

 命令だ。 その二人を見極めよ。
 もし二番の益になるならば、取り込め。

「いいですね。私も気になってたんですよ。貴方のカリスマとどっちが上か見比べたくて」
「そうか。では二か月ほど見ておく。じっくり取材してくるといい」
「わーい。休暇気分で行ってきます。あ、お土産は何がいいですか?」
「六番だろう。ヘリッシュでも買っておいてくれ。見た目はカビパンだが旨いんだ」
「酒入の奴ですね。分かりましたー」

 とっとっ、とフローリングの床を鳴らしては、クローゼットから取材セットを取り出し、カバンに詰めていく。着替え。お菓子。端末。ナイフ。タオル。乾燥機。歯ブラシ。ビニール袋。ランプ。カバン。着替え。

「全部……じゃないですね」

 視線の先、部屋の隅。その二つの交差点には、紅色の小さな箱がある。この都市に入る際に、規則だからと押し付けられた非常用アイテムパックだ。非常時以外に開けるなと注意されたが、その日にうっかり落としてしまい普通に中身をばらまいたパック。

 幸い録画を何度も見直すことで中身は復元したが、あの一見以来私はこの箱の固定を全く信じていない。持って行ってカバンの中でまたばらまかれては非常に面倒なことになる。できればこのまま隅で暮らさせてやりたい。
 でもそうはいかない。都市に入る際にもう一つ、「この都市では肌身離さず持っていること」が命じられている。思い出してしまった以上は仕方ない。セロハンテープで二箇所を留めて、渋々カバンに織り混ぜる。

 拝啓、昨日の私。明日の貴女は記憶喪失です。