スナップショットって形が一番早い気がする

 グダるくらいなら戦闘なんてなくていい
 評価基準が明確でないものを完全クリアなんてしようとしたから
 五秒飛ぶことなのか、陰陽玉が来るまでの待ちなのかはっきりさせる
 中身がある、を徹底的に覆い隠す
 

「まだ、抗うか……!」

 ……っ、ふー。何とか拳の鍔迫り合いまで持ってこれました。鍔迫り合いは反応勝負。相手がどこに力をかけるか、それを圧覚視覚その他から読み取り反射で対応しましょう。できなきゃ死ぬだけです。ここで十数秒ほど稼げば、先程陰陽玉をセットした位置が見えてくるので頑張りましょう。

 とはいえ予断、やはり許されません。豊夏ちゃんは『デノイザー』の魔力消費1つを、仙充籙のダメージ判定のスキを突くことで、1秒間に5減少するターンダメージに変換しました。ここに『身体強化』を重ねがけすると魔力切れまで残り何秒になるでしょうか。なお、このとき『身体強化』は常にフルパワーを出すものとする。

「だが……浅い!」

 答えは三秒です。ああっと視界が歪んで額が熱を帯びてまいりました魔力切れの兆候ォ。無論椛さんがそれを見逃すはずもなく、ここぞとばかりに押し込んできます。やがて迫る船縁、焦った私が最速で小ジャンプ、そのスキを見逃さず椛さんが押し込み用ストレートから吹き飛ばし用アッパーに切り替え、

「……っ!」

 枝を破壊しながら飛ばされる今の私に至ります。これだけでも腕の痺れと背中の痛みで体力がもりもり消えていきますが、そこは奥義。さらなる追撃が待ち受けているので、このままでは残り十秒ちょっとを稼ぐことはできません。
 とはいえ足掛かりになるような太い枝はなく、有効な遠距離攻撃は使い尽くしており、救援も望めないこの空。一体どうすればいいでしょうか。

「……私は、貴様を捕らえる立場にいる。天狗としても、妖怪としても……私としても」

 そうだね、反撃だね。

 荒唐無稽な話ではありません。仕込みは済んだのでしばらく飛ぶだけです。このままだと絵的に退屈なので、時間潰しに説明をこなしてしまいましょう。少し長くなるぞ。

 一つ目、『根性』による方位角。本来普通に回り込めるはずだったアレです。
 二つ目、『身体強化』によるタイミング。あわよくば勝てないかなと思ってぶつけましたが、すぐに不可能を悟り調整にシフトしました。
 三つ目、ロザリオダメージによる威力。飛ばされる瞬間、ロザリオに霊力を流して攻撃しました。威力は強めの静電気ぐらいのものですが、この用途なら十分です。
 四つ目、小ジャンプによる仰角。といっても瞬間的にここまで調整できるのは人間辞めてる勢の特権なので、私は事前に最速小ジャンプで間に合うように全体を構成しました。
 
 そう、これはもはやただの吹っ飛びではありません。この四つを合わせることで確定したのは、《《五秒以上空を飛び続ける》》ことです。あとは分かるな。

「けれどそれは、私が本気を出さない理由にはならない」

 ――五秒。
 この緑弾幕と茶レーザーの猛追撃に対し五秒耐えたら、あとは『空紅』で躱し続けるだけです! 法壁(小)ガード!

「落ちろ」

 ……!? おっ、オイイイィィィ!? 砕けた!? 人里の防御特化アイテムがぁ!? いや一枚なら想定内ですけど、三枚纏めて砕けるって貴女白狼天狗の皮被った大天狗か何か?

 ちっきしょう! 法鎧珞! 退治屋の札! ロザリオ! 法力で攻撃を柔らかく包み、札を貼ったロザリオでぶっ弾いてみる! おっ一つずつならこれで対処できるんですねよぉし! 今更死んでたまるか一列に並んでかかって来いやオラァ!!

 あっやべ、後ろ……ガード!
 おいおま、右下……ガード!
 舐めんな、正面……ガード!

 は? 頭上?

 …………なんてなるかよ! 露西亜ガード!

 何度も想定を上回れると思うなよ! どれだけ試走したと思ってんだバーカバーカ! 基礎はバッチリやってるんですぅ! 特に椛さんは序盤の鬼門なんですからね! ここでリセットがかさむんでそりゃ上手くもなるってんですよ! まあ回数だけで言うなら一番最初の妖精以下ドロッなんですけどもロザリオが溶け始めちゃうのは流石に初めての経験かなぁって。

 これ死

/

 飛沫が散る。
 葉が擦れる。

 古杣は消えた。
 些細な違和感に、気づけなかったから。
 少しずつ弱る自らを、おかしいと思わなかったから。

 彼女が消えてから、椛は考え続けた。なぜ、消えなければならなかったのか。彼女のやったことが誤っていたから。確かにそうだ、それは彼女自身も認めていた。気づくのが遅かった。例えばまた場所を移し、初めからやり直せていたのならば、消えることは無かっただろう。
 
 そうしなかった彼女は、やってきたこと全てが過ちだったのか?

「……」 

 甲板から生えた弾幕の大樹が、幽かに揺れる。

 否。椛は、彼女の正しさを知っている。
 ほんの一瞬といえど、共に考え、共に助け合い、共に生きた椛は、古杣が生涯培っていた「音」こそが、古杣の願いを叶えたことを知っている。
 
 その正しさは、生きている者にしか分からない。
 その正しさは、生きている者だけが証明できる。
 その正しさが、生きている者に主張する。

「」
「……これを抜けるか」

 ――最後に笑うのは、歩んだ者だ。

「」
「なら、もう間違いない」

 己が道を往く者は、歩みを止めてはならない!

「」
「――牙符『咀嚼玩味』!!」

 牙が交差する。その中心から光が閃き、空を切り裂く。

ながなが

 その最中、彼女の――犬走椛の瞳に、それが映る。

 少女は光の隙間をすり抜け、腕を振りかぶる。
 ブロンドは朝日を反射し、眩く輝く。

 《《そのどちらでもない》》それは、少女の背中から伸び、梢をかき分け、そのまま天を衝くほどに長く伸びる、黒の、

「」

「……見事」

 ――そして、意識を失った。



 …

 …

「……! 村紗!」
「どうしたの!」

 ……

「誰か……近づいてくる!」
「近づく!? そんな馬鹿な! この船はあの天狗以外乗れないんじゃ! あれ、嘘だったの!?」

 ……深く屈んで、息を吸って。

「おま」

 ――着地刈り飛び蹴らァァァァァァ!!!

「え……えっ!?」

 あっクソ、防がれた! しゃーねぇ、セカンドプランだ!

 おいゴルァ!! あの流れで勝つ奴があるかお前! 何が捕らえる立場ですか死んでるんですよこっちは! このタイミングにオートセーブがあって助かりましたね、無かったら絶対ぶん殴ってましたから! 畜生、何があったらこんな伏せ札だらけの子に育つんです!? どうなってんだ最近のお山の教育はよぉ!?

「……どうした、豊夏? 急に怒りだして。何かされたのか、こいつに」

 このロスタイムで! いつもより早い川の流れの分だけついてたマイナスも綺麗サッパリ消し飛びました! もう一回死んだら流石にカバーしきれないので、もう負けない! 手段も選ばない! 二度とこんな山来ないようにしてやる!

「な……逆恨みだ! 先に手を出したのはそっちだろう、ウチの山に侵」

 言わせるか! 陰陽玉カモン! こいつを船尾まで押し込め!

「……! ……まあいい、用があるのは侵入者だけだ! かかってこい!」

 陰陽玉が突進してる間に説得! あれは私の問題です! 手は出さないでくださいね! では!

「え。おい、何があったかくらい……」
「はっ! わ、私、寝ちゃってた!? 皆! 無事っ!?」
「補修完了したぞ。ところで、さっきから何の騒ぎだ?」

 しゃぁ! 陰陽玉起動じゃオラァ! 更に転身、ここから死ぬより先にカバンに辿りつけば勝利です! けっ、そこで暫く目回してろ犬ッコロが! 二度と来んじゃねーぞお願いします!

 うおおお! はっ、葉っぱ!! 葉っぱ出ろ!! やばい死ぬ! センチがミリになる! あれだけ頑張ったんじゃ今更死にとうない! ハッパ! ハッパ!! あったぁ!!

 っ……

 …

 ……
 
 …………
 
 
 ……ふう。今度こそ、完全に落ち着きました。致命傷は塞がりましたし、血も出てませんね。何も焦ることは無い。深呼吸して切り替えましょう。ゆっくり、ゆっくり落ち着いて。やるべきことを思い出しては手を動かします。
 
 ……本当に、本当に死ぬかと思った……。ロザリオ挟んで弾蹴って、反作用貰って弾幕に突っ込んで、仙充籙で耐えて空紅の制御と判定で避けて……葉っぱ頼りになったとはいえ、上手く行ってよかったです。生きてるって素敵ですね。
 にしても、よく知ってるスペルカードが来たのは幸いでしたね。おかげで光裂の筋を読み切ってなんとかなりました。これが単純に膝蹴りとか来たらリセットでしたよ。仙充籙は所詮店売り品ですからね、三種類以降のダメージは素通しします。

 ……店売り品ですけど、あればすっごい安心するんですよね……いけないいけない。ないものねだりは良くないです。とりあえず、被害を数えましょう。

 えー、まだ使えるのは半壊の仙充籙、放置した陰陽玉ですかね。陰陽玉は事が終わったらドサクサに紛れて回収しましょう。一度叩きつけられて忠誠度は下がってますが元が高いので問題ありません。金の力。
 
 使えないのは全壊の法壁と法鎧珞、全焼失した札、蹴っ飛ばしたロザリオです。最後はもういいんですけどね、見つかったとしても溶けてて効果も半減でしょうし。鉤括弧を信仰する宗教とかあったらワンチャンあったかもしれません。これからの主なダメージソースは変哲ナイフになります。
 また、葉っぱを使ったので『空紅』が消滅しました。体力の例えが分かりやすいんですが、葉っぱが回復するものって基本的に減った物だけなんですよ。増えた物はそのままです。で、普通は覚えたスキルってもちろん増えた物に分類されるんですが、この『空紅』に関しては何でか減る物扱いなのです。当たり判定が小さくなるという副作用が怪しいとされてますが真相は不明。だから葉っぱで元に戻っちゃうわけですね。
 
 
 

 で。

 これらの被害を与えたのは全部、そこで横たわっている白狼天狗一匹なんですよね。

 ……ええ、はい。被害は数え終わりました。次の仕込みをしなければなりません。

  

「せい!」

 青い光が閃き、枝を切り飛ばす。
 さらに蹴りを追加して、枝の軌道を船へ落ちない向きに変える。
 そして、こころだけが船に着地した。飛沫が樹冠の葉を濡らす。

「左に曲がるわ! 合わせなよ、皆!」
「応っ!」

 船長の言葉に遅れ、船体が傾く。木の幹をガリガリと削りつつ、かつての獣道を無理矢理に曲がった。やがて見えてくるのは、網のように絡み合った枝。ハンモックの残骸だった。河童の若手衆が仕事の合間、コツコツと作り上げていたものである。崩れ道を塞ぐそれには、もはや誰かが気付けるほどの面影は残っていなかった。
 
 ちら、とこころは後ろを覗き見る。そこには傾きに必死に抗いながらも、真っ直ぐ一つの場所を指さしている、先輩山彦の姿があった。視線を戻し、深く沈み込み、その場所を目掛けて跳ぶ。

「……飛ばしきれないな。頼んだ!」
「ぜっ……はっ……ぁああっ!」

 再び青が空を薙ぐ。塊が弾け飛び、船を襲う。その一つ一つが十字架から降り注ぐ弾幕によって焼け、砕け、勢いを失う。特に船の中央、そびえ立つ十字架へ飛んできた枝は、塵も残さず消え失せた。こころが十字架に張り付いた雛に叫ぶ。

「やるな! 見直したぞ!」
「……そうね……私の力は、厄の力だし。これくらいは、できるのね……」

 よく茂った枝へ着地し、こころは反動で船へ戻る。顔を上げた先には、ほとんど枝が無くなっていた。若手衆はこの一帯からかなりの量の枝を集めていたらしい。軽く鋭く息を吐き、少しだけ緊張を緩めた。

「意外だと? 元の力じゃないのか」
「そんなわけないでしょ。昨日、人里でやたら濃い厄を回収したのよ。まさか、今日まで残ってるなんて思いもしなかったけど」
「なるほど、頼もしいな。響子、あまりこいつに近よるなよ」
「……どこで聞いたのよ。全部」
「これくらいなら縁起にあるぞ。誰でも知っているさ、なあ響子」

 彼女は、それに答えなかった。
 真っ直ぐに伸ばされていた彼女の腕は、力なくその場に崩れ落ちていた。

「……響子?」
「ふっ……ふっ……」

 青褪めた顔。震える体。途切れ途切れの呼吸。幽谷響子の容態は、誰がどう見ても異常だった。修行で数度行動を共にしただけのこころでさえ、それは見て取れる。五指を広げて伏せられた手は、寄る辺を探して甲板に縋り付いているようにも見えた。

「……こころ……さん、私……振り向いても、良いですか」

 掠れ声が彼女の喉を震わせる。いつも快活な彼女からは想像もつかないほどに、弱々しく覇気のない声だ。それでも山彦の矜持か、揺れては飛沫を飛び散らすこの船の上においても、その言葉ははっきりと聞こえた。

「さっきから……チリチリ、するんです。……何かが、背中から私を、削っているみたいな……感覚が」
「……」

 今度はこころが押し黙った。響子の言うその感覚を、こころは知っている。今の響子は伏せながらも船の進行方向を向き、迫る危険を察知する役割を担っている。その彼女から見て後ろとは、すなわち船尾。新入りと突然襲いかかってきた白狼天狗とが戦っている場所だ。

「豊夏は……大丈夫、なんですよね……」

 もう片方の腕で支えながら、震える指で枝を指す。

 体を削る感覚。
 精神で動く妖怪にとって、それが意味するのは、固く、強く、折れない意思がそこにあること。

 それが白狼天狗のものなら、言うまでもない。妖怪と人間は圧倒的な力の差を持つ。それに加え意思でも負けているなら、もはや豊夏に勝ち筋はない。今すぐにでも止めるのが正しい判断だ。

 反対に豊夏のものであったとしても、危機は去らない。圧倒的な力量差でありながら、こころが船尾に二人を投げたのは、白狼天狗が山の妖怪だからだった。山のルールを厳守することに慣れた彼ら彼女らは、里の人間を殺めてはならないという幻想郷のルールも、その理由に至るまで理解している。
 しかしそれは、妖怪の本能を理性で抑えているだけに過ぎない。ほんの小さな綻びがあれば、その理性は容易く崩れる。弾幕ごっこの死者はいつも本気で戦う人間だった。相手がそれに応えたいと、そう思えるほどに。

 どちらが答えなのか、こころは知っている。船に戻るたび、船尾の戦いは視界に入っていた。

「それは、お前のほうが良く知っているだろう。山道を6分で駆け抜けたとき、あいつに並んでいたお前なら、見たはずだ」
「貴女達何してるの……?」
「……」

「信じてやれ、響子。私達の仕事は船を守ることだ。飛べないあいつも乗っている、この船を」
「……はい」

 こころは何も言わなかった。船首へ向き直り、再び枝へ向かおうとする。

「…………らぁっ!」

 しかし、それより早く枝が爆散した。着弾したのは十字架からの弾幕。雛の弾幕だ。見れば、その先に見える枝も纏めて消えている。枝の跡を辿ると、そこには水木群生地の出口が燦然と輝いていた。

「厄神!?」
「……これで、前には余裕ができたわ。」

「いや、出来てないが」
「えっ」

「さっきから切っていたのは、こっちに不自然に倒れてくる樹木や今崖から崩れたらしい邪魔な岩だぞ」
「え……それって」

「細々したものが無くなったのはありがたいが……前への注視は必要だ」

「いや、

「……目に見える物をいくら排除しても、予防は不可能。厄神の厄は、尽きるまで相手を襲う」

「一輪さん……元気になったんですね」
「ある程度はね。船室で水を貰ったら、ちょっと良くなったわ。前は私と村紗に任せなさい」

「私は今縛られてるの。どうなるかは貴方達次第なの! こんなとこで怖がってんじゃないわよ! 不安になるでしょ!」

「待て、響子」

「あいつ、まだ――楽しんでる」