スキルと呼ばれるものがある。

 それは持つものに力を与え、信用を与え、進むべき道を与える。

 これはその全ての理解を試み、そして叶わなかった人々の話。

「高度7500mを通過。そろそろね」

 星が閃く宵の口。普段はけして見られないほど空に満ちたその光は、雲の上の彼女を弱々しくも明かしている。
 月はない。夜闇はこの高度すらも優しく溶かしている。手が触れるより遠くのものは、その形でさえも朧気だ。彼女はリュックの紐をくっ、と握った。雑多に放り込まれた中身がかた、とこの場で唯一の音を奏でた。

「高度8000m。……これ、毎回言わないと駄目なの?」

 ポツリとぼやいたその不満は、周囲に拡がるよりも早くリュックの側面へ、そこに浮かぶ魔法陣へ。その向こう側で忙しなく水晶をなぞる、臙脂色の少女の耳朶を叩いた。口を開き、答えを返す。

『当然だろ。君の安全確認も兼ねてるんだ。直近の記録を見る限り、君は少々自己管理に無頓着が――』
「あーはいはい。ついでで叱るのは少々辞めて頂きたいわね、エイリス。私が言いたいのは、1000m刻みでもいいじゃないってことよ」
『先人の記録が500m刻みなんだ。フォーマットを合わせておくと後で仕事がやりやすい』
「こちらセフィー。現代での500m上昇には平均180秒前後を要する。三分に一回の報告はめんどくさい、あと8500mをさっき超えてた。オーバー」

六倍速度

『おまっ……報告も大事な仕事なんだぞ! ……まぁいい。貴重なフィードバックだ、次は考慮してやる』
「楽しみだわ。現場としては、次はないほうがいいけど」
 
『そう言うなセルフィナ。何度も繰り返して信頼を得る。これはウチの――【科学】の基本で、醍醐味なんだ。君だって、太陽が昇らない日があったら不安になるだろ?』
「それは毎日昇ってるから思うのよ。その時はその時、あとその名前で呼ぶな」
『正確な方が便利だぞ』
「曖昧な方が融通効くのよ。繰り返しが醍醐味なら、この融通だって【魔法】の醍醐味だわ。9000m」

『それは多少なりわかってるつもりだ。けどな、今回の情報は両派の共有なんだよ。魔法側の文書は科学側で読めない。けど科学側はどっちも読める。だから科学側で書いてるし、フォーマットもそうだ。名前だけそっちの流儀に則るわけにはいかない』
「えー……でも、魔法側で本名ってとんでもなく大切なのよ。貴方に教えてるのだって半分偽名だし」
『半分偽名ならいいだろ』
「でも残りも大切なのよ? 上半身と下半身でいうと上くらい。9500m」
『それは比較できないから分からんよ。なら、いっそ偽名でいい。上はセフィーとして下を考えろ』
「いいのそんなんで」
『フォーマットがいいと言っている。ダークでもスターでもいいから君が決めるんだ。ほら、早く』
「んー、そうね。10000m」

「じゃ、コメットで」

「くぁ……」

『寝不足か、コメット嬢』
「……よほどツボに入ったのね。私の名前を呼ぶの、朝だけで10回目よ」
『仕方ないさ。うっかり本名を呼ぶかもしれない、その前に口に覚えさせる算段だよ』
「昨日の私の失態を煽る意図は?」

「5%?」
『5割だ』
「時々、あなたの性格が羨ましくなるわ」
『それは君の性格がいいからそう思うんだ』
「そういうところよ」

『しかし、これでも自重しているんだ。今でもあの瞬間を思い出すと笑みが浮かぶ。人に見せる前に慣れなきゃならない』

「自重に他人を、それも当人を巻き込んだら全面的に煽りなのよ。今すぐ5%以下に抑えろ」
『無体な。でも仕方ない、通学路を終えるまでには引き下げよう』
「言ったわね」

『……君、思ったより回復しているね』
「じっくり体を温めてれば、回復術だって使えるものよ。もらったカイロが良く効いてるわ」
『それは重畳……ところで、上から行くと何分くらいで着くんだ』
「三分ね。あー、でも貴方が目を閉じてると遅くなっちゃうかも」
『どういう原理だっ……!?』

「ちょっと、首元触らないでよ。こそばゆい」
『そんな余裕はない……! 三分、だろう! 君も……耐えろ!』
「嫌よ。じゃあ一分で着いてやる」
『は』

「あら、顔パスなんて気前がいい。これは通過確定かしら?」
『……過去の例では、入学式中に最終試験が始まったという話がある。金で買った情報だ』
「へえ。事態によって試験をずらしこむ、あり得る話ではあるわね」
『式典の終了時ならともかく、最中に試験を行うのは……なんとも、柔軟な発想だというところだ』
「強みよ。ところで、その式典場はどこかしら」
『ない』
「えっ」

『式典の場所は知らされていない。歴代の情報でも全く場所が違うそうだ。おそらく、見つけなくちゃならないんだろう』
「初見の場所で、式典やりそうな場所を探すの? はぁー……面白いことするわね」
『というわけで、これが見取り図で』
「ん?」
『ここが昨日槍の反射に使われた魔素の出処だ。まずはここで情報を集める』
「面白くなくなったわね」
『君は現場で輝くタイプだろう。だから私が現場に連れて行く』
「はぁ。不満よ、せっかく今度こそ建物を破壊できると思ったのに」
『目につく建物を破壊すれば、残った場所で始まる。確かにいい案だが、それはいつでも出来るんだ。先に出来る事をしておくとお得感があるだろう』
「不満収まったわ」
『私も君が羨ましいよ』

「お邪魔するわ」
「何事!?」

「そういえば、魔法ってつまり魔の法律よね。ならお邪魔するっていうのは例えばbless youみたいな祝福の意味になるのかしら」
「え……ドア壊して入ってきた人が語り出した……怖……」
『コメット、まず世間話というのは重要だ。だが今の君がやっているのは背中に銃を突きつけた脅迫だ』
「つまり互いに銃を構えればイーブンで、差し引きこれは世間話になるわ。そこの貴方、構えなさい」
「えっ、あっ、こうですか?」

『差し引き世間話だな』
「面白くなってきたわね。貴方、名前は?」
「は、はい。ヴィーラ・ミルミラータです」
「長っ。私、四文字以上の名称覚えられないのよ。何かいい案あるかしら」
「出会い頭でドアを壊す人には、忘れてほしいです……」
「なるほど、ドアちゃんね。採用」
「無関係!」
『ドアの修復完了だ。防音処理も終わった』
「早いわね。じゃあ早速諮問するわよ、ドア」
「私は有識者じゃないです! ただの一般生で……防音?」
『この場所は、この学校でも一際魔素の濃い場所だ。平然としている君が一般生とは到底思えない』
「ブーメランです!」
「いや私は優秀な一般生だから」
『私は魔法の才能がからきし無い。さて、翻ってドア、君はどうだ。まだ試験結果も出ていないのに一般生と主張する君は』
「今私のこともディスった?」
『君は合格を信じて疑わないだけだろう』
「わ、私もそうなんです! あ、あれだけやったんだから、もう絶対受かってるなー、明日からどの授業取ろうかなー、って!」
「へー、努力したのね。どんなの提出したの?」
「えっ、あっ、うっ……」

「……本当は、出来なかったんです。魔法で作ったお菓子を持って行ったり、蔓草から砂糖を作ったり、爆発の威力を上げたり……色々見せたんですけど、言われちゃったんです。『それは魔法じゃない』って」
「最後の浮きっぷりが半端ないわね」
「ですから最後に、教室だけでも見ていこうかなって……そう思って、宇宙ステーション経由でここに降りてきました」
『なるほど。警備はどうしたのか聞こうと思ったが、そういうことか』
「今納得するところだったかしら? ねぇ、ドア。ちょっとあなたの魔法見せて頂戴」
「え……最大火力ですか?」
「言ってないわ。正直、さっきのは早すぎて見えなかったのよ。だからもう少し遅ーく撃てるかしら」
『映像記録なら……駄目か。FPSが足りない』
「……わかりました。そうですね、せっかくなら最後に美を飾ったほうがいいですよね。すみません、お二人とも部屋を出ていただけますか」
「言ってないわよね? 私最大って言ってないわよねエイリス?」
『コメット、私を屋上に連れていけ。隣の棟の屋上だ』
「あっ。OK」

「わお」
『そっくりだ。あれは君の魔法と同一か?』
「形はね。でも中身が全然違う。あの部屋に満ちてた魔素、全部使ったわねアレ」
『外部の魔素は一般に触媒でしかない。メインで消費はしない。それが魔法の基礎理論だったな』
「魔素変換は体に悪いし、安定しないし、出力弱いし、そう教えたほうが早いのよね。でもアレは存分に外部の魔素を振るってる」
『……まさか、【霊術】使いか。それも魔素に応用が効くほどの超上位。何で魔法学校にいるんだ?』
「さあ。そこはおいおい聞いていけばいいわ。それより――」

「――見つけた、じゃない。それを喜びましょうよ」
『顔を見てみろ。これ以上の笑顔があるものか』

「さて、このままだとほぼ確実に彼女は落ちるわね」
『その前にどうにか対応したいが……今何時だ』
「七時前」
『入学式は少し遅めに九時だったな。状況を整理しよう。まず目的はドアを受からせること。そのため、これから二時間以内にドアを教師と引き合わせる』
「それからドアの……あれどっちとして呼べばいいのかしら。能力を教師に認めさせて、試験を突破する」
『そうなるな。そしてやることは変わらない。教師の手がかりは今のところ式典しかないから、式典の場所を探せば前提は満たせる。教師の住所を掴んでいれば早かったが、流石に無理だったようだ』
「正直言ってクソ試験だものね、『期限内に教師を驚嘆させれば合格』とか。そりゃ恨み買うの読んで住所隠すわ」
『まずは戻って、魔素の出処を更にたどる。もう一度運んでくれ』
「はいはい。空飛ぶくらいは自分で出来るようにしなさいよ」
『お前がいる。問題ない』
「いつか困るわよ? 私が気分じゃない時とか」
『その時はその時、だったな』
「いつかはいつでもなのよ」

『気分はどうだ、ドア』
「サイコーです……! 願いも、望みも、しがらみも、全部捨てて撃つ楽しさ……! もう一発撃ってもいいですか!」
性格終わってるわね性質が危険人物ね」
『線引きの線が見えてるぞ。ドア、ここで撃つのはいつでも出来る。なぜなら君は警備をくぐり抜けてこの教室に来れているからだ』
「確かに!」
『だが折角なら、誰もが文句を言わない撃ち方をするといい。今から試験を受けよう』
「確かに……えっ、そんな、私なんかが今さら……」
『「なんか」じゃない。「だからこそ」受けるんだ』

「あなたが使ったの、霊術スキルよね。中身もそうだし、外の偽装に使ったのもそう。思い当たるのは『純真無垢』に『皮相浅薄』かしら」
『その霊術を工術で強化したな。安定化、出力強化、そして魔素を扱うためのインターフェース。「トランキライザー」「カタリスト」「カプセライゼーション」といったところか』

「……ど、どうして分かって……ここ魔法学校ですよね?」
『魔法は一つの形態だ』

『この世界で対立している力、魔法、霊術、工術――私達は、それらを統合するためにここに来た』

『そもそも別れていがみ合うほうがおかしいんだ。魔法の歴史は三つの中で最古とされているがその根拠となっている文献は近年疑問視されていて』
「はいはい、長い話をしてたら間に合わないわよ。まあそんな感じだから、霊術と工術、二つを修めてる貴方と関わりたい。だから受からせたい。だから協力、OK?」
「……や、やっぱり霊術で受かっちゃうと困るかなーとか」

『む。そうだな、すまない。ではコメット、魔力流を読んでくれ』
「入ったときやったわよ。三箇所ね。

「面倒くさっ。単刀直入に言うわね、私達が受かってほしいから受けろ」
「直入どころか近接格闘!」
『君の魔法を見た。確かにあれは魔法じゃない、霊術だ。そうだろう』
「あ、はい。そうです。うちは霊術の家系だったんですけど、方々の学校に私の教育を断られちゃいまして」
「そりゃね。というか学校で何学ばせる気だったのかしら」

色々言われました、『この子はアクセルと凄いアクセルしかない』とか、『若葉と若葉で競ってたらメタセコイア歩いてきた』とか」
『言われそうだ。言われそうだが、

『だから教師探しに付き合ってもらう。コメット、どうだ』
「三箇所ね。図書室、電脳室、ジム。

電脳室、グラウンド、カジノルーム。綺麗な配分だわ、誘導されてる気分よ」
『正解に近いのだろう。じゃあ手分けするか』
「私の気持ちガン無視です!?」
「でも受かるか受からないかで言ったら?」
「受かりたいです!」
「はい言質。行くわよ」
「誘導された気分です!」
『待て』

「何よ。鮮やかな手口でしょ」
『そこはいい。このまま別れると情報交換に手間取る。連絡先を交換しよう』
「えっ……そんな、私LINƎとDisc○rdとSlashとOurchatとYとインストとRabbitしか持ってないです……」
『全部科学側の通信手段だな。…………』
「なんでここに来たって顔ね。私もそう思うわ。でもおいおいで行きましょう」
「あ、あと宇宙ステーションをサーバーにした機密通信があります。お二人なら繋げられるかも」
『アドレスを教えてくれ。接続する』
「96.0.57.20.177.0.9.88です」
『古っ。まぁ、いい。接続完了だ』
「は、早い……! 受信しました! 『lol』、これで間違いないですか?」
「どういう意味? これ」
『驚きの顔文字だ。深い意味はない。それより問題は』
「舐めないでもらいたいわ。取り敢えずそのサーバーってのを叩けばいいのよね」
『変わらず問題だ。なにか目算はあるのか、ドア』
「えっと。ステーションは全て光学コントロールされています。先程の魔法が光っていましたので、行けるかなと」
『雑』
「にしたって、形が分からないとやりようがないわ。そのステーションっていうのはどんな形なの」
「えー、まずドーナツ型ですね。その中心を貫くように棒がありまして、棒とドーナツが穴周りで小さな棒で接続されていまして……」
『こうだろ』

「おお! かなり近いです! その棒の先端に、こんな感じの生物がくっついていれば完成ですね」

『大丈夫か宇宙』
「見つけた。これね」
『は?』
「えっ」

「……じゅ、受信完了。これは貴方の送信した文で間違いないですか……?」
「『(^_-)ミ☆』。完璧ね」
『……君を見くびっていたらしい。すまない、セフィー』
「止せやい、今そんなことしてる時間はないでしょ。手分けだけど、私はグラウンドに行かせてもらうわ。この通信曲げてまで室内入るの面倒よ」
『分かった。手がかりが無くても三十分後には落ち合おう。私は……カジノルームに行く。ドアは電脳室を頼む』
「りょ、了解です! 精一杯務めさせていただきます! では!」

「じゃ、三十分後に」
『君、グラウンドを九割方外れだと思ってないか。ちゃんと探してくれよ』
「魔法飛ばせば二秒で終わるし……」
『まだ精度に不安が残っていたはずだ。目視や聞き込みも併用してくれ』
「ちぇ。まぁいいわ、舐められない程度にやるわよ」
『……頼むぞ』

「ここが電脳室……」

「サーバーが動いてる……保守の方がどこかにいるかも」

「あのぉ! すみません! わた」
「黙れ」

「外部情報機器をデカデカ持ち込むたぁ、いい度胸だ。どこのスパイだテメー」
「人に名乗るときは、まず私からです! ヴィーラ・ミルミラータです! よろしくおねがいします!」
「そうか。お前話聞かないタイプか」
「さっきも言われたのです!?」

「『どこ』っつってんだから『どこ』だけ喋りゃいいんだよ。お前の名前がヴィーだろうがユーだろうがどうでもいい。方繋か、それともテルメネスか」
「まだ違います! 試験を受けに来た受験生です!」
「あぁ? ……日付バグったか? 今日、何日だ」
「入学式3日前です!」
「マジでバグってんのかよ。あー……面倒くさっ。取り敢えず表出ろ表。予算出てねぇから壊したら殺す」
「実感がこもってます!」
「話聞かねぇとデリカシーもねぇんだよなぁ。面倒だ」

『……普通に考えて、学舎にカジノルームなどあるわけがない』

『そして、魔法の総本山に電脳があるのも隠されるだろう。つまりグラウンドが最も有力と見る』

『これで私の半生は終わりだ。満足か』
「大変興味深いお話でした」

「おかげで合点が行きました。また会員名簿を作り直すところでしたよ。ありがとうございます、エイリス・テルメネス嬢」
『……客観的に見て、侵入者はこちらだ。感謝されることはしていない』
「謙虚になさらず。私は総量ではなく、絶対値に感謝するのですから」

『そもそも、貴方からの感謝など壇上だけで十分だ。学園長ヘミン殿。それ以外は胡散臭くて仕方がない』
「ひねてますね。初の試験初日突破者とは思えません」
『そこは納得するところだろう。それに、私の反応に対して何も覚えがないのか』
「?」
『そうか。学生を縛るのは趣味なのか?』

「そんなわけありませんよ。この部屋はヤマカガシ水準の警備魔法がかかっています。急な来客はテロリストと勘違いされても仕方がないでしょう」
『壊す気はない。最初に違うって言った。解答を見せる時に会った。なによりこうして事情を説明しても、貴方からは微塵も解放する気概を感じない。あのとき殺しておけば良かったよ』
「ははは。殺せば確実に試験は通りましたね。良いジョークです」

「おや。なにか通知が来ているようですが」
『さっき説明しただろ、白々しい。さっさと読み上げろ。ここからじゃ見えない』
「それでは多少脚色を交えて。えー、え……」

『どうした。文字も読めなくなったか』
「……いっそ読めないほうが幸せだったかもしれませんね」
『読めなければここには居なかっただろうな。確かに幸せだったよ』
「いや……そのですね……」

「さて。グラウンドだけど」

「なんもないわ。以上おわぶっ」

「……」

「全然壊れないわね。ならこれは?」

「ふむ。随分骨があるやつと見たわ。何か案はあるかしら、エイリ……いねぇわ」

「しょうがない、久々に一人で試してみましょうか。一応貴方もグラウンドの一部だし、貴方を調べれば文句はないわよね」

「まずは範囲」

「次に下」

「……? 底面が近すぎるわね。なら」

「お、ビンゴ。円柱か」

「球面にすればバリア自体の維持は楽だけど、平面がなくて中に入りにくい。地面に埋めるのはそこそこ面倒。その問題を解決しつつ構造を簡略化するための円柱か。良いわね」

「じゃあ上」

「長っ。これ、学園バリアとの接触面はどうなってるのかしら?」

「へえ。バリア同士重ねて、岩で止めてある。徹底的に低コストね。これならバリア自体を浮かせる必要もない。すでに浮いてるものと合体させてるから」

「これらから推測するに……」

急造である
面倒くさがりである
その分強度に回してる

「……? あれ? これマズない?」

「はぁ、仕方ないわね。なら私が二人を迎えに行くしかないか。貴方にも協力してもらうわよ」

パラパラ

「アネリア・ヴルワムス。枷は外れた。行きましょう」

『……本当なのか?』
「文章は確かにそうです。そして、ヴィーラ嬢からであることも」

『……予想とは異なる形だが、ともかくヴィーラは試験突破だな。それでこちらはどうする、ヘミン殿。秘密を知った私を殺すか』
「滅相もない。大切な学生を殺すなどしませんよ」
『では拘束する意味は何だ。もう吐く情報も無いぞ』
「もうしばらくお待ちください。もうすぐ解けます。そのはずです」
『何を』

「あら。取り込み中だったかしら」
『いいや。今終わったところだ』

「カジノルームで密会? 隅に置けないわね、エイリス」
『人聞きが悪すぎる。これは学園長ヘミン殿だ』
「ヘミン……あぁ、貴方が論文を渡した嘘つき教師」
『君は最初からヘミン殿を嫌っていたな。私もその気持ちが分かった。今は殺しておきたい相手だ』
「ずいぶん印象が変わったのね。まあ、今度聞いてあげるわ。ドアも拾わなきゃいけないもの」

『……待て。ヘミン殿も運ぶのか』
「このバリア、急造だったんだけど。その上から私がさらに急造の術式を合わせてね。簡単に言うと、まだ外に出す機構を掌握してないわ」
『そうか……分かった。急ごう』
「またえらく物分りがいいわね。殺したいなら、今殺してもいいのよ」
『最初はそのつもりだったが。今は何か仕掛けられているんじゃないかと勘繰っている。確認が終わるまでは保留だ』
「そう。まあそうよね、貴方ってやりたい事はすぐにやりそうだし」
『君ほどではないよ』
「貴方には勝つわ」

「あっ! えっと……そういえば自己紹介受けてません! なんて呼べばいいですか!」
『エイリス』
「コメットよ。……ところでドア、貴方なんか鉄臭くない? 何、電脳室って工場みたいなところなの?」
「広々としたサーバールームでしたよ! コメットさん!」
「サーバーって意外と器械なのね」
『口頭でわかりにくい納得だな』

『それよりコメット、もしかして通知が来てないのか』
「ん? あぁ。このバリア、私の魔法を遮っちゃうのよね。何も来てないのそれかも」
『ふむ。三連敗か』
「今学園、ドア、バリアで一纏めにした? 違うからね? ちゃんと間でステーション見つけたじゃない。あれで勝ってるから。連敗じゃないから」
「一勝三敗ですね! 大丈夫、メジャーリーガーなら平均的ですよ! 魔法使いならどうかと思いますけど!」
「なんかこの子口悪くなってるわね」
『魔法が主流の場所だ。霊術など評価されない。溜まっていただろうな』

「っと、感傷に浸る時間じゃないわね。さっさと親玉見つけないと」
『ふむ。そろそろ説明が欲しいな、バリアを奪ってまで君は何をしている』
「すぐ思いつくのは持ち帰りですね。獲物はガラスケースに飾るタイプ」
「ケースにケース仕舞ってどうするのよ。これはエサよ」
「獲物がエサ……私達は入学前のひよっこ……雛鳥……!」
「派手に違うわ」
『すぐ思いつくのは脅迫か。高強度バリアに教師を閉じ込め、ドアが合格するまで出さないと脅迫する。合理的な一手だ』
「物騒ね。私は平和的目的で乗っ取ってるのよ」
「コロケーションが壊れてませんか?」

「バリアっていうのはね、中の環境を維持するために作るのよ。極論外が魔法大戦でも、バリア内はコーヒー片手に新聞読めるくらいじゃないと。その最高峰があの学園バリアね」
『宇宙服のようなものか。外が何℃でも真空でも人類を生存させる』
「結界みたいなやつですね。あれはどっちかというと隔離目的ですけど」
「いい例えね。さて、環境を維持する目的上、バリアは一枚で事足りるわ。仮に枚数を増やすにしても、全く別の環境を作る。ここは想像つくわね」
『……チェンバーだったか。いずれにせよ、目的は防護そのものではないと』
「同じなら同じなままでいいですもんね。高凝集、高凝集」

「では問題。私達が現在いるこのバリアの構造は非常に簡素なものである。かつ、私が全力で攻撃して壊れない。ここからわかることは?」
「簡易バリアも破れないザコメット」
「そろそろキレていいかしら?」
『品が下がる。簡素な作りにし、その分強度のみに特化させているということか。その用途として考えられるのは』
「シェルター。でも、おかしいわよね? 強度特化ではないけど、ここには同じく私の攻撃を防いだ学園バリアがあるわ。わざわざ張り直す必要がない」
「念の為二重にしてるとかじゃ?」
「それだと簡素なのが不可解なの。念の為で作るなら、それこそ乗っ取り対策なりも施すべきね。魔法の総本山なら尚更。強度だけ確保するのはただの仕事したフリよ」
『君のやり口が想定されてないだけだと思うが。しかしそうなると、残る可能性は……』

「答え合わせね」

「クソが! 誰だバリア動かしたの……あっ」
「えっ? 生きてたんですか……」

「ああああ゛あ゛あ゛あ゛ーー!!?」
「あら踊りだした」
『見ている場合か。コメット、バリアを倒せ』
「り」

「あ……あぁぁぁ……」
「……完全に錯乱してるわね? 落ち着いてー。吸ってー、吐いてー。吸ってー、で、あなたが持ち主でいいかしら。このバリア」
「かっ、げほっ、がっ! ……だとしたら、どうすんだ」
「大したことじゃないけどね。広域破壊作戦の詳細を聞こうと思って」
「あ!?」

『わざわざバリアの中にバリアを張るんだ。何かしらの敵対的行動を予期している。その上で簡略となれば、直前にそれがわかったか、目立つ前に終わらせる電撃戦か。反応を見るに、後者だな』
「あとは規模なの。あなたが口添えしてくれるならすぐ終わるわ」
「……お、終わらせたあとどうするつもりだ! 今教えたところでどうにもならない、この中で爆発まで待つだけだ! やることは変わらない!」
『それはこちらが決める事だ。待つということはタイマー、爆発ということは爆弾だな。ならば必要なのは時間と爆弾の構造、そして場所だ。言え』
「ぐっ……」

「いつもあんな感じですか?」
「まあ、それなりに。敵に対して隙を見せないようにって、すぐ容赦無くしちゃうのよね。明確やら明瞭やら大切にするエイリスらしいわ」
「若干トゲがありませんか?」
「……私は仲良くしたいのよ」
「えっ……」

「何その反応。文句あるの」
「いや……それにしては下手だなって……仲間作り」
「ちょっとキレるわね。やっぱり、トゲがあるのはあなたの方よね。しかも私にだけ。なにか気になることがあるの?」
「ドア呼び」
「魔法使い同士が軽々しく本名呼ぶもんじゃないわ」
「信仰ですか?」
「実体験よ。私じゃないけどね。もちろんエイリスでもない」
「ご家族の方ですか」
「何でそっちには敬意を払うのよ。違うわ。私しか知らない人よ」
「……! そうですか。大変失礼いたしました」
「エイリスー、キレちゃ駄目ー?」
『意地より道理を通すものだ。互いにな』

「あら、終わったの」
『ああ。これから対処を始める。コメット、地図のこの場所だ。君のバリアで包んで圧潰させろ』
「こうかしら」

「よし」
『済んだか。では改めて始業式の場所だが』
「待て待て! いくらなんでも早すぎる、そんなわけ無いだろ! 17個をそんな一瞬でできるわけない、ハッタリだ!」
「この人、どの立場で喋ってるのでしょうか」
「信じられないの? それなら残骸見せてあげるわよ。ほら」

「信じるぜ……17個、一部を潰したってな!」

「ヒャハハ! 素直に教えると思ったか? 馬鹿言うなよ! 仕事なんだ、そう簡単に喋るわけねぇだろ!」
「こい」

曲げてぶつける

『撃つな。目的の助けになった相手だぞ』
「あ、そっか」
「え、そうなんですか?」
「……は? 

「そうね。表現が悪かったわ。ただ単に超人見知りの奴よ」

「……! なるほど。失礼しました」
「今度からあなたの名前『ド級のアおりカス』でいいかしら」

「ならエイリスさんは何なんですか」
「あれは事情があるのよ。