顔を上げると、すべてが終わっていた。
 「メイド長の十六夜咲夜と申します。お見苦しいところをお見せしました、お客様」
 最初に見たのは、頭を下げているメイド長。
 次に、さっきメイド妖精たちがいたはずの空間。そこにはただ、ナイフ痕が残るだけだ。
 「いえいえ、賑やかで大変良かったですよ。静かに飲むのは性に合わない」
 「そうですか、ありがとうございます」
 そして、薄桃色の長袖に赤い半袖シャツ、薄桃色のスカートを着て、狐の尻尾のようなものが出た鉄板を背負う背の高い妖怪。瞳が見えないほどに細長いその目からは、怪しさ、いや胡散臭さがにじみ出ている。手には春暁。
 そして最も目を引く特徴は、その大きさ。
 でかい。メイド長や封獣は見た目同じぐらいの年代と比べて背が高いのだが、こいつはそれにフラフープかけたぐらいデカい。百八十センチはあるんじゃないか。もはや違和感さえ出ている。
 ……違和感?一体何のだ?
 だがその正体を掴みきる前に、視界に錠前が入る。春暁を一気飲みするそいつの胸で輝く、大きな錠前。
 鉄板。尻尾。胸に錠。まさかとは思うが、お前が?
 「ああ、そうです。依頼人のみとりと申します」
 その声は落ち着いていて、しかし明るさを感じさせた。だが、糸目と合わさるとどうしても胡散臭さが倍増する。こいつが依頼人だと?帰っていいか?
 「こいしさんは私を知ってるはずですが」
 「えっ、私?」
 私は胸をなでおろした。何だ、こいしの知り合いか。なら敵じゃなくてただの狂人だな。
 だがこいしは首をひねる。おい、普通にごくごくオレンジサキニー飲んでんじゃねえよ。頭にジャックナイフ刺さってんぞ。
 「……あーーっ!地底の河童!」
 そう叫んだこいしの頭から、血ではない何かが飛ぶ。ちょっ、誰か手当てして。これR-18Gじゃないんだよ。
 「地底の河童?そういえば聞いたことがあるわね。地底の奥深く、嫌われ者の嫌い者、全身真っ赤の河童がいるとか」
 封獣が地味に失礼なことを言っているが、頭に肥後守が刺さったまま言われても心にこない。なんなら肥後守に彫ってある『謹製 多々良小傘』のほうが気になる。
 「ええ、それが私です。どうもご期待には沿えなかったようですが」
 みとりが薄桃のスカートをつまむ。まあ、真っ赤ではないな。
 「そのほうが可愛いからいいわよ……っと」
 フランドールが二人の頭のナイフを引き抜き、指を鳴らす。すると、ナイフは消え、代わりに手には救急箱が用意された。包帯を取り出し二人に分かれる。
 「予告無しに刺しちゃルール違反よ、咲夜。次は無いわ」
 問題はそこじゃないと思うんだけど。常識まで二分割されてないか、フランドール。
 「申し訳ありません。ですが私は満足いたしました」
 その傍らには逆説に無茶振りするつやつやの顔のメイド長。いや、主の妹が包帯巻いてるんだから手伝う素振りぐらい出せよ。
 「私がやったら手が滑ってしまうかもしれませんので」
 「メイドとしてどうなんだよ、それ。で、みとりとか言ったか」
 私はみとりに指を突きつけた。
 紅魔館に来る人妖は意外と多い。腕試しをはじめ、茶を飲みに来る奴、庭を見に来る奴、図書館に知識を求める奴。幻想郷の重要会議なんかもたまにここで行われるとか。
 そんな中、こいつはなんと自己紹介した?何のみとりだと?
 ――つまり、ここがどこなのか分かって来たのだ。ならば、聞かなければならない事がある。いつもと同じ質問だ。
 「ここの事は、誰から聞いた?」
 「えーっと、金髪で」
 「寅丸かしら?」
 「楽器持ってて」
 「ルナサっちね」
 「幻想郷転覆の準備を進めていた方から」
 「正邪がもう一人!?」
 「確定すんのやめろ」
 「まあ紅魔館に被害がないなら構いませんわ」
 さすがはメイド長、主だけが絶対存在。いつもどおり目の前で人間が死んでも気にも留めなさそうなやつだな。
 「ところで、どうしてそれを気になさるのですか?」
 「ん?ああ。宣伝の効果の程を聞きたくてな」
 前に、私は『クレカルをもっと知ってもらう』とかいう理由で宣伝戦争に巻き込まれたことがある。
 そんな名前の後始末だった気もするが、ともかくそれで名が売れたのは間違いない。だからどれぐらい広まってるか気になるのは当然だろう。それに聞く限り、割と広まってるみたいだし。
 「嘘ね。素性を知って後で交渉材料にするつもりよ、こいつ。」
 ……まったく、よくわかってるじゃないか、封獣。やっば私はお前の事が大嫌いだ。
 「封獣、私がどんな交渉をしようって言うんだ?」
 「『おいおい、こんなのも解らないのか?七曜魔女の友人が聞いて呆れるな。ああ、悲しむことはないぞ。お前と魔女は別々の妖怪、他人同士なんだから、なあ?』」
 「……」
 目逸らし二人目。
 違うんだ。紅魔の王があんな打たれ弱いとか思ってなかったんだ。つーかお前らもメイド長弄り倒してただろ。同罪だろ。
 「咲夜ちんがあんなに煽り耐性低いと思ってなかったや」
 まさかの同罪、同格、同類。なんつーか、お前らが私を引き込んだ意味がちょっと分かっちまったよ、畜生。
 「妹様、やはり私は飽き足りません。せめてあの帽子妖怪だけでも始末できませんか?」
 「咲夜、あなたには先にやるべきことがあるわ。お姉様にさっきの金髪のことを伝えなさい。今の内に巻き込まないと、後で言われるわよ。『どうしてそんなに面白い事を放っておいたの?』ってね」
 「……承知いたしました。」
 メイド長は非常に苦々しい顔でナイフを丁寧に折り畳み、それを投げ上げた。
 何をしているんだ、と上を見ても、もうそこにナイフはない。そのまま下に視線をやれば、時既に遅し、メイド長の姿も消えてなくなっている。
 自己申告だが、こういう些細なことには『時を止める程度の能力』は使わない、というのがメイド長の矜持らしい。私からしたら違いがわからんが。
 「さて。これでいいわ、依頼を聞きましょう」
 フランドールがカウンターを隅に押しやり、来客用のテーブルと椅子を引きずり出す。それ、最初にやることじゃね?
 「金髪が根こそぎやられそうな……まぁ、いいですね。で、用件ですが」
 そう言って一枚の絵を取り出す。青い髪に帽子をかぶり、胸に鍵を提げた少女。まるでみとりの逆をとったらこうなりました、みたいな格好をしている。
 ……おい、お前ら、重い。なんで私の上から絵を覗き込むんだよ。横空いてるだろ。
 「河城にとり。こいつに私が見つからないようにしてください」
 「探してくださいじゃねーのかよ」
 「その程度でしたらあなた方には言いませんよ。『ナイツヘッド』さんに頼みます」
 「くっ、やはり大手には勝てないというのか……!」
 大手っつーか、ただの信頼度の差だと思うが。
 「ところで、名前以外の特徴は?」
 「ございますよ。明るく活発で金にうるさい。興味が湧いたら一直線、普段の居住区は妖怪の山。人情味厚く、しかし金は取る。最近の興味はもっぱらジェットパックで天狗並みのスピードを出すことに注がれている。縁起を見ればわかりますが、『水を操る程度の能力』を持っている。そのゲスさに似合わず、みんなでワイワイしながら発明品を作るほうが好き。あと――」
 「……いや、もういい」
 多いわ。ファンかお前は。
 それはともかく、見つからないように、か。何とも微妙な依頼だ。
 いや、感覚が麻痺している。本来依頼業ってこれだけ地味なはず。前みたいに一人のために館を襲撃したり一人で船を落としたり総員揃って花火でビラ配りしたりする方がおかしい。
 つまり、ようやく私達が初のちゃんとした依頼稼業に就けたという方が正しいのだ。ここでミスれば二度とこんな平穏な依頼は来ない。なんとしてでも正解を導き出さねば……
 ……
 …………
 あ、思いついた。
 「つまりこいつをぶっ殺せばいいのか」
 「正邪、ステイ」
 フランドールが黒い杖をぎゅるりと伸ばし、私の腕に絡みつける。
 「あだだだだ!なんだよ、最適解だろ!」
 「……さすがにそれは。ああでも、ほんとにどうしようもなくなった時はそれで」
 「いいの?」
 「ええ、本当の本当に最終手段ですがね」
 糸のような目が僅かに開かれる。そこにあるのは憂いの目……だったらまだ良いのにな。
 ありゃ憤怒だ。怒りやら見下しやらが交じった視線がこちらに送られている。お前、マジにやったら許さねぇからな。そんな目だ。
 「……くそっ。わーったよ、こっちで他の手を打つ。だから今日の所はお引き取れ」
 「では引き受けてくださるんですね!」
 「もっちろん!楽しそうだもの!」
 こいし、逆にお前が楽しくない事柄って何?
 「いいでしょう。妖怪の山。場所までわかってるから簡単よ」
 変なフラグを建てるな封獣。そう言って痛い目見たことは何度あった?
 「一度も無いわよ。どんな時でもみんなと一緒だから楽しかっ……死ねぇ!」
 言葉を言い切るのを待たず、無情に封獣が振り下ろした炎剣レーヴァテイン。いや、それ誰でも使えんのかよ!
 「ぎゃわあ!削げる!焦げる!」
 「それではこちらの紙にサインを」
 「ありがとうございます!」
 「こっちガン無視!?」
 全くこちらの叫びに耳をかさず、みとりがペンを取り出す。そして字を書こうとする寸前、手を止める。
 「あ、ついでにもうひとつ依頼していいですか?」
 「?問題ないわよ。」
 「こっち!おい!ヘルプ!ヘルプミー!」
 「はいよー!」
 こいしが封獣の上に乗ってコードで簀巻にする。
 レーヴァテインは鼻先で止まっている。あと数秒で今度こそ死ぬとこだった。
 「依頼というのは――」
 「ふう。助かった……」
 
 
 「皆様にここで、全滅していただきたい」
 ……あれ?助かってない?