「……」
 黙っても一人。爪を切り忘れた指十本。朝早く、せめて道にいぬころさえ居れば。
 あとは何だったかな。えーっと……
 「……だー!ちくしょー!暇だー!」
 勝手に始めた一人本歌取り大会に飽きて、持っていた本をぶん投げかける。
 が、すんでのところで私は我を取り戻した。本をポーチにしまう。
 「危ない危ない、教科書を捨てちまうとこだったぜ」
 平原に独り言が響くものの、誰も返すものなし。
 ……人がいるところについたら、お供を一人連れてくか。流石にひとりは辛い。
 ま、目的地が定まってるだけマシだがな。さて、なんて書いてたかな、この本には――

 甘かった。
 「そんな……嘘だろ。これも、これも……これまで!?何で……!」
 ここは異世界で、私は普通の人間。
 そんな事、分かっていたはずだ。

 
 よもや、目的の目の前で立ち往生とは。私の最大のボムを三発打ち込んでみたが、この壁、全く破れる様子が無い。
 かと言って回り道もできそうにない。近づいてわかったが、この山、思ったよりも大きいのだ。回ろうとすれば夜になるだろう。
 異世界。夜。武器は使い捨てのバクダンのみ。当然何も起きないはずがない。待っているのは――
 「だークソっ!」
 やけになって結界を殴ったところで思い出した。まだ試していないものがある。私のいちばんの大火力だ。
 私はポケットからそれを取り出した。
 「……一か八か、か。」
 それ――八卦炉
 

 は、まだ起動しなかった。どこも欠けていない完全な姿、どこも動作しない不完全な機能のままだ。
 ……いや待て。昨日確かに夜半まで使っていたとはいえ、この異世界に来てから二、三時間たってるんだぞ。
 八卦炉は山をも溶かす超火力だが、それ自体の大きさは私の手の平ぐらいしかない。冷却には二十分も要らないはずなんだが――
 「……暖かい?そんな馬鹿な。」
 八卦炉を握りしめる。私の手よりも温度が高い。つまり冷却は済んでいない。
 一体どういうことだ?……まさか壊れてる?
 いや、それはないか。この八卦炉には、とある異変で通常と違う黒い魔力を注ぎ込んだことがあるが、その時も全く壊れはしなかった。むしろ威力が上がったぐらいだ。
 そんなこいつが、私の相棒のこいつが、異世界に来た程度で壊れるものか。落ち着いて考えろ、私。熱がたまった時の対処法を思い出すんだ。
 「…………一つしかないな。それも一石二鳥の、取っておきのやつ」
 私は八卦炉を山に向けて構えた。そのまま自分の中の魔力を