「うう……なんで私がこんな目に……」

 ずいぶんと物静かね、あの検事。
 傍聴席からでもわかるほど気落ちしてる。

「いつもああなの?」

 隣に座る裁判長に……今は四季が裁判長か。非番長に聞いてみる。

「いや、普段はもっと快活だよ。今日はまあ、無理もないけど」
「何かしかかっし、知ってるのかかか?」
「落ち着きなさい、小傘。ここは傍聴席よ、あなたは見ているだけでいいの」

 しきりに震える彼女の肩を掴み、体重をかけて無理矢理止める。結構本気で。
 けれど小傘は何も言わず、少しずつ震えを収めていく。……文句の一つでも言われると思ったのだけど。掛ける体重が足りないのかしら? それとも、これくらいはものともしない?

「本当は、あそこに座る人がいたんだけどね。今日の朝だったかな、やっぱり来れませんって言われて。でももう仕事出したし、誰か代わりにやってくれないかって募集したんだ。それで唯一、まとまって時間が空いてたあの子にお鉢が回ってきたんだけど」
「そしたら数百年振りの弁護裁判が始まって、って事か。運が悪いねぇ」

 こいしがからからと笑っている。もうすっかり、機嫌は直ったみたいだ。何だったのだろう。後でフランドールに聞いてみようかしら、私より付き合いは長いでしょうし。

「ま、来なかったってことは、まだ安泰って事だからね。私は生者第一、生きているなら越したことはないよ」
「何の話よ」
「来るはずだったのは、御阿礼の子だったって話」

 ああ、そういえば転生前に閻魔の手伝いをするんだっけ。こういう感じなのね、手伝いって。
 ……こういうの、妖怪に喋っていいことなのか。御阿礼の子を恨む妖怪はそこそこ多いけど。かくいう私も、私の能力の天敵みたいな彼女の事、好きになれた試しがないし。見たものを忘れないって、それじゃ第一印象を抱いた時点で私に出来ることは何も無くなるじゃないか。知っているものが変わるから恐怖を抱くのに、知った時点で固定されてしまったら……

 そんな事をつらつらと考えていると、かつっ、と鋭い木槌の音で現実に引き戻される。いよいよ、裁判が始まるのだ。いけないな、ちゃんと聞いておかないと。後で報告書を書くのは私なんだから。
 

始まる前に証言をまとめる

「では、冒頭陳述を」
「……はい」

 検事、庭渡久侘歌の頭から、ヒヨコが颯爽と飛び降りる。
 そして書類を啄み検事に渡した。

「先ずは、この法廷自体滅多に無いことですから……そこから始めます。
 本法廷は、『浄玻璃の鏡』の証拠能力について問う場です」

 その衝撃的な内容に、当然傍聴席がざわつき始める。
 また木槌が鳴る。

「……事の始まりは、被告人――便宜的にそう呼びます――『霧雨 魔理沙』の死でした。
 公的に彼女は『自殺』とされており……その根拠は、浄玻璃の鏡による事件現場の映像です」

 二枚の鏡が裁判長の手元から浮き上がり、左右に別れて画を映す。
 その決定的な証拠に、またも傍聴席がざわつき始める。
 木槌が鳴る。

 証拠品『浄玻璃の鏡』のデータをファイリングする。
 被害者の生誕から事件当時までの精細な映像。被害者が机に伏した状態で終わる。360度回せる。

「あれ、片方私のなんだよ。鏡は一人一枚だからさ、貸したんだー」

 どうでもいい。

「普段であれば、それで終わりですが……弁護側は、この映像の不審な点を指摘しました」
「映像の終了時刻と、この場所に来た時刻。そこに七時間のズレがある。
 被告人は普段から死の準備をしていたのに、これほど遅れるのは奇妙である。
 そのような指摘でした」

 検事はコクリと頷き、話を続ける。

「ここで、弁護側は一つの可能性を提示しました。

 すなわち、この映像の終わりと、彼女の命の終わりはズレている。

 つまり『彼女は手違いでこちらに来た』、なぜなら『鏡が間違ったから』という主張です」

「改めて言葉にされると、滅茶苦茶なこと言ってるなあ」

 私もそう思う。思うが、メディスンはどうもそうは思っていないようだ。自信に溢れた表情で、検事の言葉に頷いている。……よく見たら天邪鬼も頷いている。あの二人、同格か。

「この主張に関しては穴が多すぎます。論拠として置かれているのは、人の感情。
 それをもとに鏡に対して間違っているなど、名誉毀損で裁かれてもおかしくない」

「名誉、ねぇ……人権でも得てるのかしら? あの鏡」
「人権は無いけど、信仰はあるね。何もかもアレに任せれば間違いない、そんな話はよく聞くよ」
「思考停止?」
「即断即決」
「信仰、か」

それなら、人権とまではいかずとも。
人格を得る事はある。
アレならば、こう判断するだろう。その予想はやがて混ざり合い、人々の間で共通認識という現実になる。
なるほど。地獄も、「噂」の扱いには手を焼いてるってわけね。

「ですが、七時間のズレは確かに存在します。本当に鏡は正確なのか? 疑いの目を向ける方もいらっしゃるでしょう。
 故に、検事側はここで今一度鏡の正当性を主張すべきと判断し、本法廷を開きました」

「つまりは、デモンストレーションってわけだ。
 私等を引き立て役にしようなんて、余裕だなぁ?」

「引き立てではありませんよ。貴方達はむしろ主役。
 鏡の正当性を証明する、傍聴人のための『説明役』です」

「それに……この鏡によって裁かれた人間は、延べ何十、何百億にも上るでしょう。もし間違っていれば……歴史を揺るがす、大事件になります」
「……」
「……長くなりました。では、始めましょうか」

「な、何をよ」

「鏡が正当であることを主張するには、複数の証拠が鏡の映像と一致していなければなりません。その精査を行うのです」
「そして我々は調査により、証拠として証拠品と証人を得ました。まずは証拠品からどうぞ」
 

 証拠品『薬瓶』のデータをファイリングする。
 純度の高いガラス製。『O-310』というラベルが貼ってある。中は空っぽ。

「これは?」
「現場にあった瓶です。同じく魔法使いであるアリス・マーガトロイドに確認を取ったところ、強力な毒ガスが入っていたとの事です。
……敗訴すれば、あの身体はお返ししなければならないので……本格的な検案は出来ておりませんが、恐らくこれが死因でしょう。映像にもしっかり映っております」

 証拠品『検案結果』のデータをファイリングする。
 推定時刻は正午。死因は毒ガスとされている。

「これで推測するなら、正午頃に魔法薬を調合。しかし失敗し、毒ガスができて逃げる間もなく死亡……となりますね」
「いや馬鹿すぎんだろ。流石にそれは……」
「人は誰しも誤ります。例えば焦りを抱いているなら、そうした間違いもない話ではない」

「確かに……朝会ったときも、焦ってた!」
「多分別件よ、それ」

 
 やはりあの本は盗品だったのだろうか。しかし彼女は盗んだことを隠すような人間だったか? まあ、いいか。私に関係無いし。

「我々も同じ疑問を持ちました。そこで証人に話を聞いたところ、驚くべき事実が分かったのです。どうぞ」
「ここまでは筋書き通りかしら?」
「だろうな。私らに情報がねえ以上、証人を如何に崩すかがキモだ。何が出ても油断すんなよ」
「な、なんかムカつくけど……頼りになるわね、あんた」
「こういう時は頼っていいのよ、正邪はね」
「あん? 何か悪いのか」

「当たり前でしょ、って。届くわけないか」
「えっ、聞こえてるのぬえちゃん」
「えっ、聞こえないのこいしちゃん?」
「えっ、それならこれ付ける? ヘッドセットインカム」
「誰用よ」

 聾霊の為さ、と言って非番長は笑った。魂に直接響く音を出すインカムだと。肉体というフィルターが無い以上、霊になったら誰もがすべての感覚を持つ、というわけではないらしい。少し気になったが、霊を恐れさせたところで意味はないか。話を聞く体制に戻る。