フランドールがまだいた頃のように自立魔力はここでは出ない

「『バニシングエブリシング』」
「っ」

 トランプが宙を舞い、二人の姿が消える。ついでに泥棒も消えたところに咲夜の優しさを見た。

 ディゾルブスペルが突き刺さる。

「あ、ああぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」

 インの絶叫が、部屋を震わせる。
 すると私の体も震えることになる。
 つまり筋肉痛が再発するわけである。

「あああああ…………ぐっ、が、ぐぅぅうっ!!」

 加えて目は霞みっぱなしで、
 耳は煩いくらい鳴ってるし、
 巡った血が血管を圧迫して頭痛がするし、
 思考が夢みたいにフワフワするし、
 事ここまで及ぶと流石に吐き気もしてくる。
 

「……もうひと踏ん張りよ、イン! 負けるな!!」

 でもそんなの、私の問題だ。
 私の苦しむ姿で、インを不安がらせてはいけない。

 それにまだ見栄を張ってから十秒も経ってないし。
 せめて一分くらいは格好つけたままでいたいし。
 何より即敗北は私のプライドが許さないし。
 舐めるなよ、私の器の小ささを。貝独楽と白熱した勝負やれるからな。

「う、ああ、アアアァァァァァ!!!!」
「……!?」

 突如、ディゾルブスペルの消費量が跳ね上がる。それが私の右腕に幻想の重みとして降りかかる。とっさに左腕で支える。ギプスが尺骨の出っ張りにヒットする。思わず顔を伏せかける。
 それでも、決して目は逸らさない。

「…………! ここだ!」

 

 

 ――今まで私は、優秀なインがうっかりミスして認識歪曲を纏ってしまったのだと思っていた。けれどそれは違う。
 認識歪曲がない状態で幻視を使ってようやく確信した。
 

何より私が纏っていたディゾルブスペルなら、ある程度貫通できるなんて威力おかしい。

7Pでは幻視を使ってない
10Pでは使ってる

 ――1つ。認識歪曲をインが制御できていなかったこと。
 制御できるなら、わざわざディゾルブスペルを私に使わせる普通の理由はない。いや、私の力を試したかったとか、何かしら契約違反を起こさせて反逆したかったとか、魔法で結んでる主従契約そのものを消すのが目的とかあるかもしれないけど。話した限りではそんな性格の悪い小悪魔には見えなかったし、きっと違う。
 そして制御できないなら、制御できない理由があるはず。例えばうっかりミスとか、外部要因が交じってしまったりとか、そもそも認識歪曲自体が誰かにかけられた魔法であるとか。

 
 
 

 
 銀色の河。魔術の痕跡。認識歪曲という高度な魔法。それを制御できていないこと。
 

そして何より、これだけ追い詰められても、何とかなるという奇妙なまでの安心感。圧倒的な既視感。

たとえ見つからなくても、状態検査や探知魔法で探すなんてことはできない。ディゾルブスペルは当然それも弾くからだ。幻視でゴリ押すしかない。