「うーむ。彼女の前で雅号を名乗るのは、ちょっと憚られるねえ」
 描いたものを見ると、それを書いた時の三波の心情が伝わってくるという一見有用な能力持ち。
 しかし本来アートとは自由な解釈が可能なものであり、心情だけが伝わるアートでは三流もいいところだと批判されている。ただ、それは大して重要ではない。
 問題なのはこの能力が見る時間に比例して効果が強くなること。三十分あればずっと一つのことを考えているせいで疲れ始め、二時間もすれば異物感で吐く。4時間で書いた時だけではなくその前後の心情も理解を始め、12時間で自分の心情と三波の心情が曖昧になる。体の防衛反応によりいずれ必ず分離はする。いずれも記憶を消せば対処可能。
 そして24時間見続けると、被験者の頭の中に三波が現れる。三波の性格上三波自身は気にしないが、被験者はだいたい気にする。そりゃ常に25のおっさんに見つめられてたらねえ。ここまで来ると記憶を消しても消えない。そして遂には自殺を図るようになるのだという。時間の累積はしないので、そこまで行くには実験でもしない限りありえないが。
 それが理由でアーティスト達は彼をナカリアへと招待した。あそこにいれば自動的に合法的に死ぬだろう。そう考えて裏から手引。なので彼はほぼ唯一の戦闘能力0の住人。
 塔鶴は雅号。本名は昌。信条はお客様は神様。だから奉納するぐらいの気概で絵を描く。でもそんなに感情を込めすぎると(略)
 八階堂はこれを利用し、ARによりほぼ常に帰還意識が込められた絵を視界に表示している。八階堂が気絶したとき代わりに体を動かせる程度には融合が進んでる。
 裏話。狂人キャラにしたかったけど、25歳がどうしても落ち着けと囁いてくる。いいか悪いかは二の次。え?榊?あれはそういう人だし……
 三波まで含めて雅号。だからフルネームは三繋昌。姉はここで死んでるからこそ普通にここに来ることを受け入れた。ちなみに、姉は生きてる。といえば、生きてる。実験で時間の狭間に飛んでるけど。

接着剤で白壁透明土埃アート
アートボウ

ああ、違う。異常なんかじゃないんだ。
ただ、伝わっていたんだ。ただ心が震えるがまま、描きたくて描いていた。
それが誰かの心を焦がしつづけていた。それだけだったんだ。
消せないよ、この彁は。

だからまあ、全員滅ぼしたら姉が見つかるかなって思ってたんだけど

――私はただ、この世界を通して。
見えた幻を、描きたかった。
残したかった、それだけだったんだ。

早く、早くこの光景を外に出さなければ!
消えてしまう、失ってしまう! 私は次へと歩みだせない!

君たちの想像を、持って生まれた感性を、これがだいなしにしてしまうかもしれない。でも、これを見て、「そうかい、そうかい。ぼくの見た景色のほうが、もっと、ずっときれいじゃないか」って言ってしまえるなら、それも、すごく素敵なことじゃないか。
さあ、発表会だ。交換会だ。君は何を見たんだ。

まだ、今の私達を、特別な何かだと思っているのかい。
けして触れられない、辿り着けない、別の場所の話だと思っているのかい。
それとも、君はそれを望んでいるのか。
けして触れられない、知られない世界だからこそ、自分の都合の良いように変えて、自分を支えていられるから。
ああ。そんな偽物を作り出したって、見えるのは君の理想だけだよ。忘れているのかい。ここは夢を見る場所じゃない。
ここは、夢を叶える場所なんだ。

白の絵の具を白の壁に塗りこんだ、写真で撮れない絵
触覚で触れるデバイスが出る前に